インタビューシリーズ:第1回
今回は現役看護師の登山家、渡邊直子さんにインタビューです。
世界に14座存在する8000m峰のうちすでに7座に登頂するなど(日本人女性最多、※2023年9月現在は13座)、数々の高峰に登る傍らで看護師として働き、その遠征資金を貯めているという渡邊さん。
全14座登頂を目指して2021年春にはダウラギリ(標高8167m、世界第7位)に挑戦するも登頂失敗。この秋に再びダウラギリに挑戦するという。
一体どのような人物なのか、山ではどのような姿なのか。&Greenで取材させて頂きました。
プロフィール ー 渡邊直子(わたなべ なおこ) ー
1981年福岡県生まれ。小学生のときにNPO法人遊び塾ありギリス(※現在は解散)に参加し、さまざまな野外活動を通じ登山経験もスタート。
中学一年生で初海外登山を経験し、その後2000年のマルディヒマール登頂を皮切りに数年おきにヒマラヤの高山に登頂、2021年現在8000m峰はすでに7座達成。(日本人女性としては歴代最多の8000m峰登頂数)
2004年長崎大学水産学部水産学科卒業(2003年韓国済州大学交換留学)、2009年日本赤十字豊田看護大学看護学部看護学科卒業。大学卒業直後に就職のため上京、看護師として働くかたわらヒマラヤ遠征を繰り返している。
マカルー頂上にて(8481m、標高世界第5位)
補足説明:ヒマラヤのような高峰の登山は長い日数をかけて大人数で登る方法が一般的です。対象となる山の標高およそ5000m付近に登山の拠点となる基地、いわゆるベースキャンプを設置し、それより高い場所へはロープを張って荷物を運びサブ拠点となるハイキャンプ、いわゆる”キャンプ〇〇”を設置、これを繰り返して徐々に山頂を目指します。極地法とも呼ばれる登山手法です。
ここではよくある登山家インタビューのような項目だけではなく、裏側の質問も沢山させていただきました。
Q.早速ですが、遠征登山中は何をしている時が好きですか?
私は休みにきてる感覚だからさ、本当にゆったりしたいの。ベースキャンプでのテントは設営場所が凄い重要で、すっげえ遠くに張るのね。他の隊が凄くまとまっているのに、隅にテント張るのよ。
ーー(ヒマラヤが休み・・・!)ハイキャンプ以降でもそうするのでしょうか?
ハイキャンプではしない、ベースキャンプだけ。大音量で音楽かけたりしてもテントの距離が凄く遠いから誰にも聞こえないの。テントの中を自分の部屋のようにして好きなアーティストの写真並べたり、ビッグバンが好きだったから、ビッグバンの写真並べて楽しんだり。それが楽しいんだよね。
あとは、私は海外の登山家達と一緒に喋っているよりも、シェルパ達と喋っている方が楽しくて、ずっとキッチンテントに居たりする。それが楽しいから。だから多分ネパール語も覚えたんだろうね。
ーーキッチンテントのスタッフは時によってはのんびりしているような印象もあります、タバコ吸ってポーッとしていたり音楽を聞いていたり。実際は結構忙しいものでしょうか?
あ、本当は忙しいんだよ。本来キッチンに居座わったり、忙しい時に入っちゃいけなかったりするの。でも私は居座るんだけどね(笑)
エベレストの時に色んな国の隊が別々でかたまってて、インド隊はインド隊、中国は中国、韓国、全部違ったんだけど、全部のコックがその国の料理作れる人たちだったの。
「食べに来い」って呼ばれるし、私もインターナショナルに楽しみたいから、毎日のようにいろんなキッチンテントに行ってたの。そしたら、エージェントの偉い人が裏で、みんなの各テントのコックに「ナオコが来たら入れるな」って(笑) 私が毎回行ってると他のメンバー達も羨ましがって行っちゃうし、その用意されたご飯食べなくなっちゃうし、まとまりなくなるからって感じだと思うんだけど。それで私泣いちゃって。
ーー意外な一面です笑
そしたらベースキャンプのマネージャーが凄くなぐさめてくれて。「だって毎日同じ料理じゃん」って言ってみたらすんごい豪華なご飯が出てくるようになっちゃって、まわりの皆から「ありがとう!」なんて言われちゃったりして(笑)
Q.ハイキャンプ中の暇つぶしは何をしますか?
最近は音楽かな。ケータイの充電器持ってくの。それで充電して。でもそんなにゆったりはできないよね。早く着きすぎた時は体を休めることに集中。
ーー案外暇はないものなのですね。 暇だと思っていても、「休まなきゃ」の方が先かな。でもそれよりも周りの景色とかもすごいし。ベースキャンプではアマゾンプライム。映画ダウンロードしまくって。一昨年あたりからハマってる。景色見ろよってね(笑) こんだけ頑張って働いて遠征資金貯めたんだから、休みたいよね。私は凄い休みに来てる感覚だから、朝とかも12時まで寝てたりするの。するとみんな朝ごはんでナオコいないってなって。起こしにくるじゃん?ウザって(笑)「病気なの?」とか「調子が悪いの?」とか。じゃなくて、私は休みに来たんだよって(笑)
K2頂上にて(8611m 標高世界第2位)
Q.遠征中の好きな食べ物は?
毎年ブームが変わるの。年によって味覚も変わってくるんだけど。美味しいというよりか、本当にもう食べれない、飲めないって時に唯一いけるのはこんにゃくゼリー。凍っても食べれるし、だからパサパサしたやつとかは無理。チョコレートとか、昔は持っていってたけど今は持っていかないし、あとポカリスエット昔飲んでたけど、今飲んだら逆に疲れやすくなる。
ーー意外です。では遠征中の水分は何を飲むのですか?
今はほうじ茶。
ーーアタックの時もですか? うん、ほうじ茶と緑茶かな。シェルパが前から「ポカリ飲むと体が重くなるんだよね」って言ってて、ホントだ!って。
Q.キャンプ間の移動やサミットプッシュの最中にトイレに行きたくなったらどうするかを教えて下さい。 ウ○コは、できるだけ朝出す。ように努力する。 アンナプルナの山頂手前ではセーフティだけして、あとは全部脱いでやった。あ、でもおしっこはたまに失禁もする(笑) 脱ぐにも体力いるし、もう無理って時は無理。諦める。難所で我慢して足がプルプルしてくるじゃん?もうそういう時はジャー。んでその後もずっとジャー。もう我慢しない。昔おむつ持って行ってたんだけど、おむつの水分が冷えるとダメだし、ナプキンの方がポイってできるし(笑) K2の急斜面の第2キャンプで、マガジンの表紙とかも飾っちゃうようなことのある美人の登山家が、トイレに行くっていうから見てたの。シェルパに連れられて斜面でやってたんだけど、風でこっちにティッシュが飛んできて、私はシュッ!って避けて。そんなこともあるの(笑) すごい美人よ。
エベレスト(左)とローツェ(右)
Q.看護師の登山家ということで、看護師に関する登山エピソードを教て下さい。 看護師っていわゆる”視える”人が多いの。それで何人かに言われた。「直子は死なない」って。
Q.では、高山病になった時の直子さん的対処法を教えて下さい。 なってからでは遅いので、なる兆候とか、そういうのを勉強したり、身体の変化を察知してその兆候を感じたらその段階で薬を飲む。頭痛いんだったら頭温めるとか、特に後頭部。あと水分ガンガン飲むとか。薬を飲むことによってプラシーボ効果に頼ったりとか。
Q.14座の後の目標などを教えて下さい。 借金があるからそれを返して、そのあとはネパールに移住。だけどやっぱ無酸素登頂は一回してみたいから、やると思う。で、その後、2周目やる。今、ネパール人の中で流行ってるの。ダブルフォーティンピークって(14×2)それ誰もやったことないから。それは狙っている人が3人くらいいて、それの外国人バージョンをやりたい。
Q.登山はずっと続けますか? ずっとだね。多分目標がないと、何のために生きているのだろうって思う。登れないんだったら別に死んでも。
Q.アンデスやヨーロッパ、コーカサスにアラスカ、世界中に山はたくさんあると思うのですが、なぜ8000m峰なのでしょうか?
(※標高8000mを超える山はヒマラヤとカラコルムにしか存在しない) 8000m以上の山がいいのは、より長い期間居ることができるから。生活がしたいから。日帰りってのが全然自分に合わなくて。ありギリスも、ずっと長期だったの。最初はカラコルム(パキスタン)だったと思うんだけど、ビンラディンのせいで色々あってヒマラヤに登ったの。でも、パキスタンの山の方が綺麗なんだよね。あとパキスタン人の行動が面白くて。 一回子供の時に、川が流れているところから瓶のコーラ出して売る人が居たのね。それで瓶あけてって渡したらそのまま飲まれたりとか。そういうのが面白くて。
K2山頂にて
Q.これだけは伝えたい!ということは? 私は、山の話や天気の話にはあんまり興味がなくて、私がなぜ好きになったのかって、それは(高峰に登る)2ヶ月の中で色んな人たちと暮らして、色んな問題が起きて、でもそういうのが楽しくて登っている。山ではなく、それが伝えたい。山のことではなく、楽しいと思ったことを書いてほしい。 普通の登山家の様ではなくて、私は裏のこと、登山家が伝えていない裏事情を伝えたい。 あと、自分は偉大な登山家でもないし、14座登ってなんとかなんとかとかって自慢できるような立場ではないと思っている。それに加えて、ヒマラヤに敷居を感じている人がすごく多いと思う。でも本当は中国人の化粧するようなキャピキャピの子も来るし、そういう時代になったの。誰でも来れるし、いきなりエベレストに登っちゃう人もいるわけで、敷居を高く思わないでほしい。
直子さんが山での生活が楽しいと感じるのは、子供時代に参加したアリギリスの活動の影響だという。
毎年の夏休みと冬休みの殆どの期間は海外で冒険キャンプを行っていたそうだが、そこでは様々な国の人達と必ず発生する問題を嫌がるのではなく、面白いと楽しむ大人達が同行したそうだ。
そうして直子さん自身もそのハチャメチャが面白いという考え方になったそう。
直子さんが高峰に登るのは、自身の高所に適した体質に加え、8000m峰が直子さんにとってそういった生活を長く楽しむことが出来る場所であったからだそうだ。
「登山家」という一見堅苦しそうなカテゴリの中で渡邊直子さんが見せて下さった人間らしい一面は、一部の人にとってはある種の意外性のある発見にもなるだろう。
蛍光色の全身ダウンに身を包んだ人が誇らしげに山頂で登頂旗を振りかざすという、誰もが憧れたヒマラヤの姿の裏側には、これほどにも人間らしいエピソードが詰まっているのだと。
各国のチームが我先にとヒマラヤ8000m峰の頂きをこぞって狙っていたときのような、そんな黄金時代の登山様式の時代が完全に終わりを告げたとは言わない。
だが時を更に巻き戻すと、ハドリアヌス帝が朝日を見にエトナ火山に登った時のように、きっと最最初期の登山は思想や競争に支配されず、ただ「見たい」「楽しみたい」といった純粋な欲求の元で動いてきたのだろう。
そして今、かつてのアルピニズムやワンダーフォーゲルを追うかのように「UL」という単語が流行りだした。登山という行為が一般化していく中で、皆他との差別化を図ろうと必死になるものなのか、ここに来てまた新たな名前付きの形式が生まれかけている。
「楽しいからなんでも良いじゃん」って、そうシンプルに思えたらどれだけ楽しいことだろうか。
「山を楽しみ、そしてその楽しみ方も人ぞれぞれ」といったような直子さんの考えは、実は多くの山屋が必要としているものなのかもしれない。
黄金の時代と呼ばれた時期から60年あまりが経過した2021年のヒマラヤ。近代登山の行き着く先のヒントがそこにはあるのかもしれない。
2021年春のダウラギリの登山隊は、ネパール人女性を支援するNGO法人「TDH Nepal Delegation」を応援する目的を持つ、女性だけの登山隊だったそうです。是非チェックしてみてください!
https://www.tdh.ch/en/our-interventions/nepal
(左:渡邉直子さん。2020年冬季赤岳にて。)
【インタビュー】
&Green 公式ライター/ webクリエイター
幼い頃から自然と親しむことで山の世界に没頭し、大学時代は林学を学ぶ傍らワンゲルに所属。海外トレイル、クライミング、ヒマラヤの高所登山から山釣りまであらゆる手段で山遊びに興じながら株式会社アンドに勤務する。&Green運営・管理を担当。最近は「10秒山辞典」なるものを作成しているとか。