【視線の先#008】 蛙の子、クマと相撲を取る

アウトドア

肚を決めて話せば


アメリカへ行ってAppalachian Trailという3500kmの道を半年間歩いてくる、そう言ったら両親は間違いなく心配しすぎて反対するに決まっていた。特に、普段から石橋を叩きまくって欄干にヒビを入れがちな父親をどう攻略するかが、AT行きを実現させるための最大のキーで、とにかく話しをして解ってもらう以外に方法は無かった。

鈴木夫妻が奥さんのご両親宛に作成したATスルーハイク計画プレゼン資料。拝見したら、ATの概要とルート、歩く期間やかかる費用、治安のことや自然環境、通信状況などについて、コンパクトにわかりやすくまとめられ、その書きぶりは非常に丁寧な印象。

間違いなく自分も両親から、この資料に書かかれているような内容を根掘り葉掘り訊かれるであろうことは、容易に想像できた。遠い異国の果てしなく長い未知のトレイルを、こともあろうに我が子が歩こうとしている事実を知らされる親の立場からすれば当然だ。だからこそ、できるだけインパクトを和らげようと細やかな配慮が見え隠れする、秀逸なプレゼン資料であった。コンペに勝った(ご両親の承諾を得られた)のも頷ける。


さて、自分。他にツッコミが入りそうなことと言ったら何だろう?と考える。「仕事を辞めて歩きに行って、帰ってきてからどうするつもりなのか」―多分コレ一択な気がした。

その時は、再び東京で働く気力は今のところないことと、できれば縁をもらった飯山へ移住したいと考えていることを、正直に伝えよう。それだけは心に決めた。基本反対姿勢で来られる想定であったので、あとは冷静に質問ベースで答えていくことにした。


2017年10月アタマの珍しく定時上がりできた日、帰宅して「ちょっと話しがあるんだけど」と、夕飯を終えくつろいでいた両親に声を掛けた。

「来年の3月で仕事を辞めて、アメリカのAppalachian Trailを歩いてこようと思う。」

突然そう言われた両親は、案の定呆気にとられたようだったが、一呼吸おいて父親が口を開いた。

「ちょっと待て、どういうことかよく説明しなさい、ちゃんと聞くから。」

おや?と今度はこちらが拍子抜け。てっきり頭ごなしに怒鳴られるものと踏んでいたのだが。

改めて気持ちを落ち着け、それからひととおり思っていることを箇条書きみたいに伝えた。現在の仕事をこれ以上続けることに限界を感じていること、新卒時代から就く仕事がことごとくブラックでさすがに参ったこと、そんなメチャクチャな勤務でも仕事を続けられたのは両親の多大なるサポートのお陰であること。そのうえで、長年温めてきたATスルーハイクに挑戦し自分の人生を見直してみたいこと。大まかにそんな内容を、ゆっくりと言葉にした。

すると母親が尋ねた。「そのトレイルに興味を持ったのはいつ頃なの?」

10年前、プータローの時にここに寝っ転がって観てたTVで知ったんだと答える。その頃のことも含め、これまでの諸々の紆余曲折で色々と心配や迷惑をかけてしまったことを併せて詫びた。

しばらくの沈黙ののち、父親が絞り出すように言った。「正直よくわからない。お母さんはどう思う?」

「トレイルのことは私もわからない。でもそんなに長い間ブレずに思い続けてきたということは、どうあっても結局行くってことなんじゃないの? この子昔から一度決めたことはやらなきゃ気が済まないでしょ、お父さんに似て。」

「クマは出ないのか」

そこ??と思ったが、きっと咄嗟に続ける言葉が浮かばなかったのだ。

「クマはいるよ、ツキノワグマと同じようなクロクマが。熊鈴持ってくよ。」

あのプレゼン資料を参考にイメージトレーニングしたとおり、ATについて、スルーハイクについて嚙み砕いて説明をする。ふたりとも頭の上に大きなハテナがいくつも浮かんでいたが、最後まで聞いてくれた。そして父親が言った。

「よくわからん。もう好きにしろ。」

「その代わり、責任持って安全に行って帰ってこい。何かあっても俺たちは迎えに行けない。」

やはり一番の懸案事項は身の安全ということで、常に安否確認ができるよう、①携帯電話は通話付きSIMを使用し、1週間に1回程度電話を掛けて様子を知らせる ②電波の具合などで電話が掛けられない状況が続く場合は、その旨メールで知らせる ③毎日の行程をできる限り頻繁にTumblr(ブログ)に投稿する、という3つの約束を交わし、最終的にAT行きの合意を得た。

結局、仕事を辞めたいというポイントに関しては異論は出ず、帰ってきた後どうするんだという話しにも、この段階ではならなかった。逆に母親からは、まぁあんた今までよく身体壊もさず頑張ったもんだわ、と労いの言葉をもらった。健康でいられたのはこの家で食べる毎日のご飯があったからこそ、母親様様です、というのは端折って、ありがとう、お陰様で、と返した。


後日談。なぜあの時父親は反対しなかったのだろうか。昔なら「何を馬鹿なこと言ってるんだ!」と確実に怒号とゲンコツが飛んでくるレベルの案件だったはずだ。つい最近それを母親に聞いてみた。

「元々お父さんも山好きでしょ。若い頃はテント持って1人で色々と山へ行っては寝泊りして遊んでたみたいだしね、あんたと一緒よ。」

なんと父親もハイカートラッシュのクチだったのだ。血は争えないとはこのことか、と大笑いになった。

ついでに余談。2016年に信越トレイルをスルーハイクした後、父親がちょっとした心の風邪で一時期入院していたことがあった。見舞いで初めて病室を訪れたら、ちょうど担当の看護師さんと楽し気に話しをしているところだった。

どうも、こんにちは、と挨拶をすると、父親が「あぁ、こいつですよ、信州の山の中で何日もテント担いでウロついてきて。クマと相撲でも取ってたんじゃないですか。まったく金太郎みたいなやつだ。」と、嬉しそうに我が子を紹介した。

その時の父親の表情はなんとなく誇らしげで、その様子を見ていたら、あぁ、もしかしたら自分はようやくこの人に認められたのかもしれない、と思い、喉の奥にずっと引っ掛かっていた魚の小骨のような微かな、わだかまりみたいな何かが、スッと消えていくのを感じた。彼の遅すぎる子離れだったのかもしれない。

そんなこんなで、金太郎は無事にAT行きの関所を通過することができたのだった。

(つづく)

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