はじめに
John Muir Trailというものをご存じだろうか。ロングトレイル界では有名であるが、アウトドアに関係していなければまず名前を聞くことはないだろう。John Muir Trailというのは、日本から太平洋を横断した先のアメリカ合衆国、カリフォルニア州にある、全長約340Kmもの自然歩行路である。周りにあるものは自然だけ、人工物は時折立っている看板と、数回だけ見たレンジャーハウスのみ。歩く人間はテントを持ち、水をろ過する浄水器を持ち、ブラックベアの生息地であるためベアキャニスターと呼ばれる食料入れを持ち、もちろん自分の食料を持ち、それぞれの想いを持ってただひたすらに歩く。
細かいルールはあるものの、眠る場所、休む場所、食べる場所、その日どれくらいを歩くのか、何時に寝て何時に起きるのか、どこの区域を歩くのか、それは完全に歩く人間それぞれに任される。
私は2019年の大学3年生の夏、一人渡米し、John Muir Trailのすべてを完全踏破した。一般的には、全て踏破できる分の食料をベアキャニスターと呼ばれるボックスに入れるのではなく、家から補給ポイントに数日分の食料を送り、歩きながらその食料を補給して次に進む。ただ、私は少し挑戦してみたかった。340km分の食料すべてを自分のザックに入れ、無補給での完全踏破に挑んだ。そして、成功した。また、3週間ほどで歩く予定であったが、2週間で制覇した。
なぜ歩こうと思ったのかは、あまり覚えていない。
ただ一つ覚えていることは、アメリカに行ってみたかったということ。
大学生になり、本格的に山を始めた。アルプスや八ヶ岳を中心に大きなザックで重い荷物を持ちながらよく登っていた。大学1年生の時、春休みに東南アジアに一人で40日間、旅をしに出掛けたのが私の初海外である。そこから旅という魔物に取りつかれるようになり、息するように学校の長期休みには海外に出かけていた。
東南アジア、インド、ネパールなど、バックパッカースタイルで放浪することもあれば、ネパールでは5100mの山に登りに行ったりもした。本来振袖を着て着飾っていたはずの成人式の日も一人で台湾を旅していた。きれいごとが嫌いな私はディープな旅が好きだった。自分の何もかもを素直に受け入れてくれる山と、人間らしく泥臭い生活ができる旅というのは、一種の安らぎであり、私の本能をくすぐる薬のようなものだった。そして、知らず知らずのうちに、海外にはたくさんの友達ができた。
学生なので、アルバイトでお金を貯めるといっても限りがある。安く行けて物価も安いアジア圏ばかりに行っていた。だからなのか、いつからか太平洋を越えてユーラシア大陸ではないところに行ってみたいと思うようになった。そしてアメリカに行った。旅に行く理由なんてそんなものだ。そもそも旅をする時、理由なんてものはあまり考えない。
アメリカ大陸本土最高峰は4418mのMt.Whitneyだと知り、そこに登ってみたいと思い、調べた。そして、John Muir Trailを歩き切った最後がMt.Whitneyの山頂というところにひかれ、いつしか夏に行こうと決めていた。この時はトレイル自体が何キロあってどういうものが必要で、などは全く知らなかった。まずはロマンを感じたところに行くと決める、準備はあとからできる。これが私の旅のスタイルだ。
今回も気づいたら航空券を購入していた。
行先はサンフランシスコ。初めて太平洋という大海原を越える。
この旅の途中につけていた日記をもとに、ある夏の私の旅を綴っていくことにする。
&Green公式ライター
大学時代に初めて一人で海外に旅に出たのを機に、息をするようにバックパッカースタイルの旅を繰り返す。大自然の中に身を置いているのが好きで、休日はいつも登山、ロングトレイル、釣りなどの地球遊び。おかげで肌は真っ黒焦げ。次なる旅を日々企み中。