みちのく潮風トレイル 第2話『決められた道をたどる』
青森県八戸市から歩き始めた「みちのく潮風トレイル」は、階上町に入ると海岸線を離れ、内陸を大きく周りこんで、また海岸線のほぼ元の場所へと戻ってくるルートになっています。潮風と言いながら、階上岳を登山するのです。地図を見ていると、階上岳をスキップしてそのまま海岸線を南下したい誘惑に駆られました。海岸沿いの風景と、気さくな人々との交流が気に入っていたので、なんだか寂しい気持ちにもなりました。
階上岳は、ぜひとも行くべきところなのでしょうか。途中に宿泊施設は無く、山頂近くのキャンプ場も、3日前までに予約と支払いが必要。というハイカーには利用しづらい設備で、非正規の場所でのテント泊が必須の区間です。(もちろんタクシーという選択肢もありますが…)
しかし、今回は時間に追われない旅をすると決めたのです。きっちり正規ルートを歩いて山に登り、ついでに地図に載っている「寄り道ポイント」も全て巡ってみようじゃないですか。
勝手な憶測ですが、日本でロングトレイルが今一つ流行らないのは、ロングトレイルは正しくルート通りに歩いて完全踏破するべきもの。と、生真面目に受け取っている人が多いのではないか?という疑問を持っています。その真面目さゆえにハードルを上げてしまっていやしないかと、気になっています。もっと緩やかでもいいと思っていますが、どうなのでしょう。
私が海外のトレイルを歩いた時には、いわゆるピュアリスト(ルートに忠実に歩く人)の多くは、トレイルに関わる人々へのリスペクトの為だったり、何かしらの意味、チャリティ活動を目的にした人などがほとんどで、全体においての割合は意外と少なかった記憶があります。
海外で出会った長距離ハイカー達の中にはエリートだった人も多く、順調だった人生のレールを降りて、色々なものを捨ててトレイルにやって来たのだ。といった話もたくさん聞きました。なのに、トレイルという別のレールに乗って歩いている矛盾に笑ったりもしました。だからかどうかわかりませんが、敢えてルート通りには歩かず、アレンジを加えて歩いたり、興味のない区間をすっ飛ばしたりするハイカーは、少なくありませんでした。
私自身も、あまり完全踏破に対するこだわりは強くなく、ルートを外れた寄り道やスキップも有りとしています。でも時には、いまいち納得いかないルートをあえて忠実に歩き、トレイルの考案者が何を考えていたのかを想像するのも楽しいことです。
さて、ハイキングとしてはあまり面白味の無い平凡な住宅街を歩き、高速道路の建設が進む郊外を抜け、田園地帯に入りました。所々、トレイルを盛り上げるための階上町の取り組みである「おもてなしエンジェル」の小旗が、静かに揺れていました。昨日の大雨が嘘のような青空の下、休憩がてら荷物を広げて乾かしたり、ハイカーの行動は生活感にあふれています。
トレイルの上で過ごす時間が長くなるほど、そこで生活をしているという実感が強まってきます。朝ごはんを食べて、撤収して、一日中歩いて、トイレに行って、食べて、寝る。根本は日常生活と変わらない、同じことの繰り返しです。そんな日々が、今日から本格的に始まるのだと思うと、ワクワクしてきました。
途中、マップがお勧めする寄り道ポイントで栃の大木を見たり、何だかよくわからない周り道をさせられたり、楽しいけれど今ひとつ意図が汲めないまま登山口に到着した時には、すでに午後遅くの日差しになっていました。
階上岳に登ると、山頂から海が見えました。
3日前に出発した八戸の町を見おろしながら、ようやく納得しました。これを見せるために、内陸に大きく回り込んで歩かせたのですね。効率を求めてショートカットしていたら、気がつかなかったことでしょう。ここまで歩いてきた道のりを思いながら、ゆっくりと暮れてゆく空を眺めました。風が心地よく、満たされた気持ちになりました。
私なりに、トレイルへのリスペクトを表してみた、第3日目のことでした。
広島県生まれ。写真家、長距離ハイカー。2008年より写真家として活動を始める。2017年にニュージーランドの長距離ハイキングコース「Te Araroa Trail」を175日間かけて歩いたことがきっかけで、歩きながら写真を撮るシリーズを続けている。■主な写真展:2021年に個展「徒歩景色」みちのく潮風トレイル名取トレイルセンター開催。2019年に個展「emu」他多数開催。■出版:2018年に写真集「emu」出版。2010年にフォトブック「熱帯温室」他。