9月3日【Day13 Shepherd Pass Trail分岐→Guitar Lake 18.7km/324.1km】
昨日会った6人を起こさぬように、いつも通り一人静かに歩き始める。昨日の天気が嘘だったかのような、どこまでも広がる青い空。木の上の鳥たちが嬉しそうに鳴いている。冷たいような、少し肌寒いような、ふわっとした風に包まれながら、一本道を進む。
道の向こうに看板がある。少しくたびれた茶色い看板。そこには小さく、でもしっかりと「Mt.Whitney →」と、書いてあった。初めてこの文字に会った。やっとここまでたどり着いた。ずっと想って歩き続けた山にやっと会える。興奮で胸がいっぱいになる。
まだ、太陽の光はずっと向こうにある。これでこの時間に歩くのは何度目だろうか。
この、早朝の、誰もいない静かな道が好きだ。思いっきり空気を吸い込んで、今日も頑張ろうと思う。
大きな大地に出る。やっと太陽が地平線の向こうから顔を出す。自分はなんて小さい存在なのだろうと思う。右を向くと、私の影以外には何もなかった。広大な大地が広がっていた。この、朝のJohn Muir Trailの景色を見ることができるのはあと何回だろうか。もしかしたら明日は天気が悪くて見ることができないかもしれない。今日が最後になるかもしれない。そう思うと、寂しいような気がした。ふと、足を止めて、後ろを振り向いてみる。今までの長かった道のりの中での出来事が、頭の中に浮かんでくる。
分岐があるたびに、看板のMt.Whitneyまでの距離の数字が小さくなっていく。いよいよ終わる。嬉しいのか、寂しいのか、わからない。この感情を言葉で表すのは難しい。すべての景色にありがとうと言いたくなる。
このトレイルの最後の坂を登り始める。次の下り坂は、トレイルを歩き切った後だ。もう、ここまで来た。周りの風景を楽しみ、一歩一歩味わいながら登っていく。
そして、また、ひょうが降ってきた。昨日で慣れていたので、焦らずにレインウェアとザックカバーを出す。Mt.Whitneyの山頂の近くまで行ってしまおうかとも思ったが、この日は無理そうだ。天気を見て、行けるところまで歩こうと思った。妙に落ち着いていた。今日のひょうは昨日よりも大粒だなぁと観察する余裕まであった。
やはり止まない。また、雷まで鳴り出した。ひょうも強くなってきたので、数人のハイカーがテントを立てているのが見えた、Guitar Lakeにテントを立てた。ここでこの日の歩きを止めて正解だった。悪天候の中何とかテントを立て、荷物を引きずり入れ、一息ついたとたん、さっきの10倍はあろうかという勢いでひょうが降ってきた。テントに穴が開くのではないか、本気でそう思った。ほんの数分で、周りの地面が真っ白な雪景色のようになってしまった。
真上で、まるで何かに怒りをぶちまけているような勢いで、雷が近くに落ち始めた。落ちた時、毎回地面が揺れているような感覚さえ覚えた。この状況で、身の安全を守る対策は何もできない。テントの中で、テントが壊れませんように、雷が落ちませんように、と、ひたすら願っているだけだった。今、私は自然に対して何もできない。なんだか怖くて日記につらつらと何度も、雷が怖い、嫌だ、と書いていた。
テントの中は、凍るような寒さだった。吐く息が白い。シュラフから手を出すだけで全身が凍える。何とかガス缶を引っ張り出し、温かいココアを入れて飲む。少し体が温まり、いろいろ考える余裕も出てくる。ここまで来たら、あと一日あればトレイルが終わることがわかっていたので、余っている食料を、少しずつ食べて体温をあげる。冬ごもりの前のリスみたいだと思って笑ってしまう。飽きずにずっと降り続けるひょうがテントに当たる音を、ボーっと聞きながら、ミノムシのようにシュラフにくるまって過ごす。
そういえば、まだお昼を少し過ぎたくらいであった。今下界はあったかいだろうな、いいな。そういえばいつからお風呂に入っていないのだろう、出国前に入ったのが最後だった。もう二週間入っていない。手も足も顔も自分のものではないようなくらい汚い。ベッドで寝たのも、いつが最後だろう。出国してからまだベッドで眠っていない。もうすぐこのトレイルも終わってしまう・・・。と、シュラフの中で日記を読み返しながらいろいろ思った。まだ雷は鳴り続けている。
何時間たってからだろう。やっと、止んだ。恐る恐る顔を出してみる。スキー場のような、冷たい風が顔に当たる。思い切って、外に出てみた。何センチも氷の粒が重なっている。上から下まで、山肌が白く変わっていた。数人の女性が外に出ていたので、次の日は何時に山頂に向けて出発するのか聞いてみた。その中の一人、ニッキーというアメリカの女の人が、よく知っていて、2:00に出るといいということを教えてくれた。朝の2:00。私もその時間にすることにした。とても気さくな方で、つい最近歩き始めたばかりで、私とは反対方向に歩くらしい。色々な話をした。チーズバーガーが食べたいという話で盛り上がってしまった。彼女も一人でこれから歩くらしいので、お互いに同志というような感覚になった。
明日、二人とも山頂を目指すので、アメリカ大陸本土最高峰であるMt.Whitneyでまた会えたら会おう、と、約束した。心強かった。そうと決まったら、早速自分のテントに帰って支度をした。お互いのテントに戻るとき、私がニッキーに、「じゃあ、私はもう私の家に戻るよ」と、言うと、彼女は大笑いしてくれた。テントは、いつしか私の中で、私の家になりつつあった。
次の日は1:00に起き、2:00に出発する。そう決めた。荷物をある程度整理し、まだ寒さが残るテントの中で、このトレイルが終わる瞬間を想像しながら眠りについた。
&Green公式ライター
大学時代に初めて一人で海外に旅に出たのを機に、息をするようにバックパッカースタイルの旅を繰り返す。大自然の中に身を置いているのが好きで、休日はいつも登山、ロングトレイル、釣りなどの地球遊び。おかげで肌は真っ黒焦げ。次なる旅を日々企み中。