John Muir Trail -ある夏の私の旅- 【10日目】

トレイル

8月31日【Day10 Deer Meadow → Marjorie Lake 25.9km/251.7km】

散々な一日だった。この日は、Mather Passをこえた。

朝起きると、この日も快晴であった。最初はなだらかな登りをゆっくり登っていく。大きな音を立てて川が流れている。まだ太陽は昇ってきていない。Mather Passはまだ見えないかと前を向きながら、ゆっくり登っていく。

岩山を登り終わり、さらに行くと美しい大きな湖に出る。空と同じ色をしている二つの大きな湖。そのわきを静かに通っていく。周りには誰もいない。蚊が自分を囲んで飛んでいるが、たいして気にならない。まだ今日越える峠は見えてこない。

だんだんと足場が岩になってくる。白くて大きくてごろごろしている岩が集まっている。あの向こうが峠か、と思いながらひたすら歩く。

やっと峠の上が見えた。高すぎる。この断崖絶壁をどうやって登るのか。前からきてすれ違ったハイカーに、「道はあるから大丈夫」と教えてもらった。ここまで来たら登って反対側にどうにかして行かなくてはならない。痛いほど降り注ぐ直射日光と、いつになっても乾く喉と、破れてきた靴と闘いながら少しずつ登っていく。

途中で左足に違和感がでてきた。いや、そんなことはない、と言い聞かせながらだましだまし登っていたが、ついに限界が来た。左足の太ももの内側の筋肉が引きちぎれそうなほど痛い。動かすだけで痛い。ザックを下ろし、少し休んだ。下の方に小さく見える湖と、はるか奥の方まで続く大きな山脈に、自分の儚さをあざ笑われているかのような気分だった。上にはまだ峠に続く長い坂が待っている。最悪だ。もう帰りたいと思った。

左足を引きずりながら登った。いくら登ってもつかない。同じ色の岩肌が、どこまでも続く。

何時間もかかり、ようやくたどり着いた。その時の絶景は、今でも鮮明に覚えている。ずっと向こうまでつながっている長い山脈が見え、振り向くとはるか下に通ってきた湖が点のように見えている。

あぁ、やっと来た。長かった。

峠を越える風が心地よい。少し長く休憩することにした。峠の上にハイカーがいたので、いつ頃Mt.Whitneyは見えてくるか聞いた。「最後の方にならないと見えないよ、これを越えたずっと先だよ。」と。まぁ、そうだろうなと思いつつ、ゴールに向かって確実に進んでいるのが嬉しかった。あとは、今日は下るだけだ・・・。

下りも左足が悲鳴をあげていた。頑張れ、頑張れ、と励ましながらゆっくりと下っていく。はるか下にいるハイカーが小人のように見える。

人はつらすぎると覚醒するのだろうか。峠を越えた後、緩やかな下りの道を13kmも足を引きずって歩いた。そうしてしまう何かが、このトレイルにはある。歩け歩けと言われる。

谷の下で泊まろうとも思ったがまだ足は動いた。谷からのジグザグの登りを登っていく。

足は同じように痛い。・・・でも、これは痛いのか・・・?結局、痛いとはなんだ・・・?今なぜ歩いている・・・?歩くとはなんだ・・・?今私は何をしている・・・?どうして生きている・・・?そもそも生きるってなんだ・・・?この世界とはなんだ・・・?なんだか色々よくわからなくなってくる。最後には、考えるのすら無駄なことのように思えてくる。歩け、歩け、ただ黙々と歩け、と言ってくる。

ようやく平らな平野に出た時には、もう昼間の太陽が夕暮れに向けて準備をしていた。今日はどこで泊まろうか。出来たら湖のわきがいい。ちょうどいいMarjorie Lakeにたどり着いた。そこでテントを張った。ザックを下ろしたとき、なんとも言えない解放感に包まれた。

足がだんだんと汚くなってきた。足の裏はマメだらけだった。この足を見て、ハイカーになったなぁとしみじみしていた。

そのあとは、ほとんど覚えていない。後から撮った写真を見て、足を湖で冷やしたり、ご飯を食べていたことは少し思い出したが、日記を書いたり荷物を整理していた記憶がほとんどない。

そんな散々な一日だったが、なぜだろう、もっとこの道と一緒になれたような気分になっていた。辛かったり苦しかったりさみしい気分になったり感動したり、道の大自然の中で自分が今本当に生きているのだと感じていた。

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