空と大地のあいまに 08

アウトドア

みちのく潮風トレイル 第7話 「アワビへの愛と罪」

年末年始の休暇に合わせたかのように、寒波が到来していました。夜行バスで宮古に到着した時、あまりにも寒くて歩き始める気分になれず、ひとまずゲストハウスに宿を取りました。「宮古の町にも津波が入ってきたけど、修復して使える建物が多かったので、復興が早かったんです。」と、宿のお兄さんが話してくれました。

翌朝、笑顔のお兄さんに「辛かったらいつでも戻ってきて下さい。」と見送られて、南へと歩き始めました。吹きさらしの防潮堤の上を延々と歩いて重茂半島に入ると、久しぶりにつららを見ました。

こんな寒い日にたった一人、ずっと歩き続けている人間は、変に目立ちます。車が通り過ぎる度に中から鋭い視線を感じていたので、月山への登山道に入り一人きりになると、少しホッとしました。

しかし周辺の立派なナラの幹にはたくさんの穴が開けられていて、何らかの病虫害対策による痛々しい姿をしていました。あとで調べてみると、カシノナガキクイムシという昆虫が媒介する伝染病の「ナラ枯れ」でした。大径木ほど被害が激しく、人が里山の木を利用しなくなったことも原因と言われているようです。

月山の山頂に着く頃には身体が温まり、気分も乗ってきました。山頂広場から宮古の街を見下ろして、私の足も大したもんだと、しばし感慨に浸りました。それから少し下山して、林道に出たところでテントを張りました。雲ひとつない澄んだ空に星がキラキラ輝いて、気持ちのいい夜でした。

大晦日の朝、重茂半島の太平洋側に出ました。最果てだと思っていた重茂の集落には、大きくて立派な民家が立ち並んでいました。漁業で栄えた土地らしく、合成洗剤を禁止するポスターがあちこちに貼られていました。家の玄関や漁船には、お正月に備えてしめ飾りや松の枝が取り付けてありました。

重茂漁港に降りていく途中に、真新しいアワビ養殖施設がありました。ちょうど中から漁協職員の男性が出てこられたので、挨拶したついでに見学させて頂くことができました。

ずらりと並んだ水槽の中には、1〜3センチ位の鮮やかな緑色の稚貝がたくさん張り付いていました。なんと150万匹ものエゾアワビを育てているのだそうです。無数の小さな稚貝たちは、それぞれに触覚を振りながら盛んに動いていて、生命力に溢れていました。

職員さんによると、旧養殖場は津波の被害を受け、同じ場所に20億円かけて再建されたのだそうです。アワビの漁獲量は近年激減していること、温暖化の影響なのか磯焼けで海藻が育たなくなり、せっかく放流した稚アワビの成長が良くないことなどを、アワビへの愛情を滲ませながら語ってくれました。

最近、海の近くでは、磯焼けという言葉を頻繁に聞くようになりました。海藻が消え殺伐とした海でアワビが飢えている様子を想像すると、悲しくなります。

なのに私は、アワビをもらってしまいました。

天然と養殖でどんな違いがあるのですか?漁獲したアワビのうち養殖はどれくらいですか?など私の疑問に、職員さんは丁寧に説明してくれました。養殖アワビは殻が鮮やかな緑色で、すぐに違いがわかるのだそうです。味の違いは、天然物は少しえぐみがあり歯応えが強いけれど、養殖物は甘みが強く柔らかいとのこと。

味見してみますか?と尋ねられて、誘惑に耐えきれませんでした。水槽から大きめのアワビを取り上げると、ナイフで切って洗って、艶やかな身を渡してくれました。じっくり噛み締める私の様子を笑顔で見つめる職員さんの眼はとても優しく、だから余計に、断ればよかったという後悔が湧いてきました。

私はベジタリアンではありません。生命あるものを愛おしく思う反面、平気で生命を奪って舌鼓を打ちます。大好物の魚介類、しかも高級品のアワビなんて滅多に食べられないだけに、とても美味しくて幸せを感じました。一方、先ほどまで大切に育てられていたアワビを味わうことへの罪悪感もありました。

磯焼けの海で必死に生き延びている貴重な生き物を食べる必要があるだろうか。美味しいから、と気軽に好きな物を食べられる時代は、このままだと終わってしまう。それでも食べたいのであれば、再び豊かな海を取り戻すために、僅かでも何かするべきではないか…?

動物の痕跡がたくさん残る自然歩道を歩いて、魹ヶ埼(とどがさき)灯台に着いたのは、ちょうど魔法がかった夕暮れ時でした。灯台の下にテントを張り、暮れゆく空を眺めながら夕食を取りました。

目の前は太平洋。遮るもののない大海原を前にすると、人間の存在がとてつもなく小さく感じます。人間が海を、と言うよりも、我々の行為がそのまま我々に返ってきている。と理解する方が馴染みます。眠りについた頃、複数の熊鈴の音が接近してきました。しばらく若者たちの声と、テントを建てる音が響いていました。

夜明けが近づくにつれて人の気配が少しずつ増え、本州最東端の岬が初日の出を迎えるまでには、周囲には30人以上が集まっていました。年始の誓いが全く思い付かなかった私は、とりあえず「無」のまま、色々に変化する空と水平線に向けてシャッターを切り続けました。

やがて日が高く昇り、空の魔法は解けました。

荷物を担ぎ上げ、元日に出会う人とはどんな挨拶をするのがいいんだろう、出会い頭に「明けましておめでとうございます」は何か変だよな。と、無駄に悩みながら、2019年の第一歩を踏み出しました。

重茂漁業協同組合:http://www.jfomoe.or.jp/

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