信越トレイル110km旅情紀行【Day4 野々海高原テントサイト→カタクリの宿テントサイト】

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2021/9/28 Day3 野々海高原テントサイト→カタクリの宿テントサイト

朝4:00頃に起きた。山の中を歩く日の出発は日の出前でないと落ち着かない。大学時代に染みついてしまった良い習慣である。何かハプニングが起こった時でも日没まで十分な時間が取れるので安心である。テントの外を覗いてみるとまだ空は暗く、うっすらと黒い雲がたなびいていた。雲の隙間からは星が瞬いている。何も音がしない。

この日は33キロほど歩く工程で予定を組んだ。本当はもっとゆっくり歩きたいのだが、日本に台風が近づいていた。この日の工程を半分程度で終わらせてしまうとゴールである苗場山は雨の中の登山になってしまう。それだけはどうしても避けたかった。以前、本日宿泊するはずのカタクリの宿テントサイトに電話をしたところ、管理人がいないということだったがご厚意でテントを張らせていただけることとなった。本当にありがたい。

朝食を取ろうとしたがあまり食欲がない。あまりに周りが静寂で、暗い。自分でも緊張しているのが分かった。左足の土踏まずがまだ痛み、しっかり歩けるのか不安になる。手作りラスクと羊羹をおなかに押し込み、コンタクトも押し込み、手早くテント内のパッキングを開始する。なんだかヘッドライトの光が薄暗くなってきていて頼りない。中のものを片付けたら夜露でぬれたテントを回収し、ザックの下に押し込む。最近は時短のためにテントの収納袋を持って来ないことにしている。押し込めばいいのだ。外は肌寒く、フリースに袖を通した。荷物をすべてザックの中に収納すると、何もない空き地が目の前に出現する。一晩この小さなスペースで生活していたと考えると不思議な気分になる。抜け殻になったテントの跡に忘れ物がないことを確認し、靴紐を締め、ヘッドライトをきつく締め、暗闇の中出発した。

時計の時刻はまだ5:00になっていなかった。

野々海湿原の暗闇の中の、そよそよとした風に耐え切れず、携帯の音楽を音量マックスにして進む。Caravanの旅の曲を流しながら口ずさみ、気分を上げた。湿原を抜けると一回アスファルトに出て、その先の分岐を右に曲がると真っ暗な森の入り口がある。「今日も怖い思いをしませんように」とお願いし、足を踏み入れた。

最初に待ち構えていたのは登り坂だった。ヘッドライトの明かりを頼りに一歩一歩進んでいった。進んでも進んでもあたりの暗さは変わらず、まるで横の木々に見られているような感覚に陥った。今日は太陽が登らないのではないかと思った。一瞬立ち止まり、ヘッドライトを消してみた。目の前は何も見えなくなった。何も考えないようにしながらどんどん進んだ。

最初のピークにたどり着いたとき、赤いものが見えた。やっと太陽に出会えた。今日も太陽が昇った。こんなに嬉しいことがあるのだろうか。一人森の中でヤッホーと声をあげた。 

その後も順調に進み、6:00前に天水山に到着した。太陽もだんだん上に上がってきて、青空が見えた。今日も晴れだと思うと心が躍った。天水山というと、信越トレイルの延長前の最後のピークだ。ついにここまで来たかと思うと今までの不安や恐怖が一気に飛んでいった。記念写真を撮り、ザックを置いて「深呼吸」をした。朝の新鮮な空気が肺にたくさん入ってきた。小腹が空いたのでナッツを食べ、腹ごしらえした後、目の前に見えている久々の街に向かって歩き始めた。

天水山からの下りは、数回ある急登を除けばほとんど歩きやすい下り坂だった。朝の空気が心地よくて森の中を走って下った。私は基本ザックの外に色々ものをつけることはしないので走っても何も落ちてこない。からからに乾いた落ち葉の上を、滑るように下った。途中、一瞬木々が途切れて目の前の景色がすべて見える場所があった。思わず足を止め、声を出してしまった。下の街からゴールである苗場山まですべて見渡せた。これから歩く場所がすべて見えた。どんどん気分が上がり、森の中をスキップしながら進んだ。

そして、ついに森から抜ける場所までたどり着いた。里山出合というその場所から先はアスファルト舗装の道だった。信越トレイルは森のセクションから里のセクションへと変わった。今まで数日間歩いてきた森を振り返る。随分と深い森で、歩いてきた尾根がずっと向こうまで伸びていた。森とお別れする寂しさと久々に人の生活を感じることができる安心感に包まれながら森を後にした。アスファルトはこんなに安心するものなのかと思った。今までの野生的な緊張から解放され、素直に楽しむことができた。

畑が出てきた。久々に民家があり、田んぼもあった。獣を寄せ付けないための鉄砲の音や犬の鳴き声がする装置がところどころについており、クスッと笑ってしまった。標識もとても分かりやすく、快適だった。誰もいなかったのでアスファルトの上に座り、その写真を撮ったりしながらのんびり町に向かって下った。

そして、森宮野原駅のある街に出てきた。大きな家が立ち並んでいるのが見えた。そういえばこんな世界があったなぁと嬉しくなって足早に下った。健森田神社で今後の旅の無事を祈り、立ち並ぶ家々を横目に森宮野原駅に向かった。

久々の街だ。

そして、朝7:00過ぎに森宮野原駅に到着した。延長前の信越トレイルのゴールである。まだ朝早かったのでスーパーも駅の売店もやっていなかった。久々に車が走っているのを見た。新鮮だった。生まれたての人間のようにキョロキョロしてしまった。街はとても暖かかった。駅前のベンチで少し休憩した。そしてついに、延長された区間を歩き出した。延長開始から3日しかたっていなかったため、ここから先を歩いたハイカーは何人いただろうか。

少し歩くと道の駅が見えたのでトイレ休憩をとった。ふと炭酸が飲みたくなり、久々に自動販売機で炭酸飲料を買って飲んだ。朝早くから歩き続け、疲れた体にしみた。こんなにおいしいものだっけと思った。横ではアイスが売られていた。もちろん買った。おいしい。おいしすぎる。青い空を見上げながら両手においしいものを持ち、あぁ幸せだな、と思った。

普段の生活では、忙しさや物の多さ、情報の多さによって幸せのハードルが高くなってしまっていた気がする。なんてことない普通のことが一番幸せなのかもしれないと感じた。腹ごしらえをして靴紐を結びなおし、少し風が出てきたのでウィンドシェルを羽織ってまた道を進んだ。晴れているがちらほら薄い雲があるおかげで強い直射日光が当たらないので歩くのにはちょうどいい気候だった。

宮野原橋を渡ると、一台の車が止まり中から人が出てきた。あれ、見たことがある気がする・・・と思いよく見ると以前森の家でお世話になって鈴木栄治さんだった。久々の再開に驚き、あまりの嬉しさに笑ってしまった。トレイルを歩いている途中に知っている人に会えるというのは思っていた以上に嬉しく、何を話したのか覚えていないくらい色々なことをしゃべってしまった。トレイルを歩いた後に絶対にお会いしたい人の一人だった栄治さんの元気そうな顔を見て、私まで元気が出た。羊羹もいただいてしまい、「頑張って!」と応援していただき、これ以上ないほどの温かさに包まれた。色々な人に応援してもらって元気を頂いている。最後まで楽しみながら頑張ろうと思った。

民家と田んぼが広がる集落を抜け、墓地の横を通り、スギ林の中の登り坂を終えると、目の前が開けた。今までの街から一段高い丘の上にある田んぼの脇の道がずっと続いていた。暑くもなく寒くもなく、ちょうどいい気候だった。生活の道を歩かせてもらうルートで、農業用の機会が頻繁に通った。そのたびに道を譲り、機械がこぼしていった土の香りを楽しみながら歩いた。途中一台の車が私の横で止まった。水島さんという、トレイルのガイドさんで延長ルートを下見しているのだという。道標を立ててくれた人でもあるらしい。「一人ですごいね、頑張ってね」と声をかけていただいた。たくさんの方々がトレイルの整備をしてくださり、応援してくれている。一人で歩いていたが、孤独感があまりなかった。

中子という集落に着いた。ここからはほとんどアスファルト舗装の道だった。分岐で少し迷ったが、無事に中子ダムまでたどり着いた。久々に家にいる彼に電話してみた。数日ぶりの会話。数日前まで一緒の家で生活していたのに、今私は一人こうして毎日ただひたすら歩いている。今私は違う世界に来てしまっているかのような気がした。同時に、今までの生活が夢だったのではないかという感覚に陥った。久々に話をしたが、自分の感情を誰かに伝えることはものすごく大事だと思った。頭の中がすっきりし、電話を切るころには視界がクリアになった気がした。野菜の直売所もあり、散歩しているおばあちゃんにも出会い、バス停もあり、こじんまりとしていたが素敵な集落だった。そして集落を抜け、ついに牧場があるエリアに入った。

ここからは長い舗装路の上り坂が続く。そんなに急な坂ではなかったので周りの景色を楽しむ余裕もあった。途中で休憩していると、トラックが登ってきて、ここはトラックが通って危ないから向こうで休みなーと、トラックのお兄さんが教えてくれた。長い長い舗装路をひたすら歩いた。まだ少し左足が痛むが、歩けないほどではない。前からトラックが来たので道を譲ろうとしたら先ほどのお兄さんが運転しており、「お疲れ!」と声をかけてくれた。ほわっと温かくなった。こんな世の中だけど、世界は意外と温かいもので包まれているのかもしれない。いい世の中だと信じていればおのずといいことが起こるのかもしれない。嫌なことがあってふさぎ込んでいるとき、世の中なんてクソだと思うが、たぶんそれは自分で外界に対しシャットアウトしてしまっているからなのではないかと思った。一瞬の出会いだったが、今までため込んでいたもやもやが解消された気がした。

目の前に牧場が出てきた。広大な草原が広がった。牛がいるとは聞いていたが、会えるのだろうかと思って歩いていたとき、遠くの方で牛の群れを発見した。かなりの頭数がいたので立ち止まって見ていると、なんと私の方に20頭くらいの群れが向かってきた。よく見えると思いずっと立っていると、私のいる場所までやってきて柵から顔を出してきた。こんな頭数の牛にまじまじと見られたことがなかったので驚いたが、ほのぼのとした彼らの行動に心が癒された。まだ小さい牛を預かっている、牛の保育園のような場所らしい。好奇心の塊のような彼らの行動がとてもかわいい。思わず彼らのそばに座って眺めてしまった。彼らが新たな草を求めて移動するまでの長い間、ずっとそうしていた。真っ青な空に緑の草の絨毯に彼らの白と黒の体がとてもよく合い、まるで絵の中の風景を楽しんでいるかのようだった。北海道の牧場のように広々としており、歩き続けてもどこまでも牧場が続いていた。

後ろを振り返るとこの日の朝歩いていた森の尾根がずっと向こうに見えた。見たことのある車が見えたと思ったら、また水島さんだった。なんとスポーツドリンクを頂いた。嬉しくて嬉しくて何度も頭を下げた。すぐに行ってしまったが、また会いたいなと思った。そのスポーツドリンクはとても体にしみた。

一度道をロストした。水島さんがこの先わかりにくいからテープ付けといたよと言ってくれたが、ボーっとしていたのか、そのテープを見つけられず、足跡とGPSを頼りによくわからない場所から入った。最終的には入り口を見つけ道にたどり着いたが、道のロストは延長ルートにおいてよくあることなのだろうか。足跡からすると、みんな道を間違えているらしかった。

あずき坂からはひたすら下りが続く。ブナの林の中にあふれる木漏れ日の中を颯爽と歩いた。足元の落ち葉がサクサクと気持ちの良い音を立てている。かつては牛も通った道であり、思いのほか歩きやすい。このあずき坂を下り終えたらこの日の宿泊地であるカタクリの宿テントサイトが見えてくるはずである。

何やら建物が見えてきた。学校だ。実はカタクリの宿は、もともとは学校であり、今は宿泊施設となっている。木造の趣のある建物だった。33㎞歩き終えた。この日の工程はやっと終了した。朝は森の中にいたなんて信じられないほど一日が長かった。たくさんのよい出会いがあり、心揺さぶられた長い一日だった。

しかしまだ太陽は高く、のんびりできる時間がありそうだ。無理を言って泊めさせていただいたので貸し切りだった。感謝の手紙を添えたテント料金をポストの中に入れ、靴を脱いで頑張った足を開放し、昔校庭だった芝生の上で大の字で寝ころんだ。テント、シュラフ、マット、ザックを大きく広げて天日干しし、手と顔を洗い、すっきりとした気分でひと段落した。周りは昔ながらの民家が多い。木造のバスの待合所や小さな郵便局があった。

海外にばかりあこがれてきたが、まだ日本も知らない場所があって、知らない分化が沢山あるのだと思った。この地域は特に冬になると雪に閉ざされるため、近代まであまり文化が知られていなかったという。確かに今まで日本で感じたことのない独特な雰囲気が漂っていた。

しばらくすると、一台の車が駐車スペースに泊まった。今夜宿泊する人がもう一組いるのだと思った。中から出てきたのは知っている人だった。以前森の家でお世話になった佐藤有希子さんだった。久々の再開で嬉しく何を話せばいいのかわからなかった。有希子さんは信越トレイルに来る前に色々と相談にのってくださった、とても心強く親切でかっこい人だ。トレイルを歩き切った後、森宮野原駅まで迎えに来ていただくという約束をしていたが、まさかトレイルの途中で再開できるとは思っていなかったので嬉しかった。ふと肩の力が抜けた。サプライズで来てくださったのだそうだ。あらゆる場面で周りの方々に親切にしていただき、感無量だった。

有希子さんは大きな荷物を持ってきていた。なんとそこにはコーラ、ハンバーグ、パン、野菜、果物、おやつが沢山。好きなだけ食べて、とハンバーガーを作ってくださった。わざわざ持って来てくださったと思うと嬉しくて涙が出そうだった。ありがたくご馳走をたくさんいただき、久々におなかがパンパンになった。今までの疲れが一気に吹っ飛び、元気になった。日々の生活のことや仕事のこと、トレイルのことなど色々話をした。また新たなトレイルを歩く予定を立てているのだそうだ。やりたいことに向かって素直にまっすぐに進んでいる感じがした。有希子さんは本当にかっこいいと思った。

私のあこがれだ。

楽しかった時間もあっという間にすぎ、トレイルの制覇は風間さんなら大丈夫でしょ、トレイル終わったら森宮野原駅で会おう、と言ってくださった。なんだか安心した。帰り際に握手をした。その温かい手に、また安心してしまった。

日も傾き、干していたテントなどを回収して寝床を作り、日記を書いていると、また車が一台止まった。誰だろうと思ったら、朝にお会いした鈴木栄治さんだった。栄治さんもわざわざ会いに来てくださったのだそうだ。なんとビールとささみを持ってきてくださった。こんなにも皆さんに親切にしていただき、ありがたい気持ちでいっぱいだった。この先のトレイルの情報など色々教えていただいた。私のたわいもない話を沢山聞いてくださった。笑顔がとても素敵な栄治さん。この笑顔で不安が全て飛び去っていった。

その日の夕飯は皆さんからいただいたビールやお肉、果物やお菓子などとても豪華だった。集落内で地域放送が流れたり、夕焼け小焼けのチャイムが流れたり、獣除けの鉄砲のような音もした。ビール片手に日記を書いたり、空を眺めたりと有意義な時間だった。空には星も出ていた。また明日は天気がいいかもしれない、と期待した。周りは集落の街灯やテントサイトに張ってあるグランピングセットの明かりが灯っていて、安心した。

9:00過ぎに眠くなり、すっと眠りに落ちた。長い長い一日が、この日も無事終わった。

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