空と大地のあいまに 07

アウトドア

みちのく潮風トレイル 第6話「スイッチO N」

岩手県岩泉町の小本にはコンビニとスーパーがあり、袋ラーメンなどの食料を補給して、少し休憩しました。日差しが傾き始める頃、宮古市に入り、動物のにおいがする雑木林を通り抜けて、摂待(せったい)の集落に降りました。ここは少し内陸なので津波に襲われなかったらしく、古い街道の雰囲気が印象に残っています。

晩秋は日が短いので、どうしても活動時間も短くなってしまいます。西日本出身の私にとって、東北の日没時間の早さは予想以上でした。あらかじめテント泊をする場所の目星をつけて歩いているものの、候補地に着いてみて気に入らなかった時は焦ります。

午後5時、真っ暗闇の中を自転車で下校してゆく高校生たちを横目に、テント泊を諦めて「グリーンピア三陸みやこ」の部屋を予約し、予定外に伸びた道のりを必死で歩きました。ランドリーで汗臭い服を洗濯し終えると、すっかり深夜になっていました。

翌朝ホテルを出ると、役目を終えた田老の仮設住宅が撤去され始めている様子がありました。ニュースで何度も見聞きした田老へ近づいていく緊張感が高まってきました。三王岩の展望所から坂道を下っていくと、田老の町はまさに復興工事で大激変の最中でした。有名な観光ホテルの遺構の横を通り、津波から町を守れなかった防潮堤の下をくぐり、そのまま黙って町を通り過ぎました。

田老の町では、防潮堤があるから大丈夫。と信じて避難しなかった方が犠牲になられたとのことです。同じ岩手県の防潮堤でも、普代村では町を守り、田老では守れなかったこと。それはほんの僅かな差であり、誰にも予測できなかった事でしょうが、やり切れない気持ちになります。田老の周辺でも三陸道の工事が広く行われていて、トレイルは迂回を余儀なくされて、地図と現状がすっかり変わっていました。仮のルートは自然道の状態があまり良くなく、ゴミだらけだったり、強い獣臭が漂っていました。

正規ルートに合流してからも、自然歩道は荒れていました。壊れて傾いたまま放置された階段の脇にロープが掛けられている状況すらありました。それでも見上げれば美しい晩秋の森で、必死で駆け降りたり登ったりしているうちに、私の中で変なスイッチが入ってしまったようです。気がつくと休憩も取らず、軽快な足音を響かせて歩いていました。

歩きやすい林道をどんどん進んでいると、森仕事をしている男性に会いました。「トレイルはこっちじゃない、行き過ぎだよ、戻って浜に降りるんだ。急がないと日が暮れるよ。」と、親切に教えてくれながらも雑談になって、しばらく立ち話をしてしまいました。雑木林がきちんと手入れをされている光景を目にすると、ほっとします。

夕闇せまる頃、その晩テントを張ろうと考えていた「震災メモリアルパーク中の浜」に到着すると、車が1台停まっていて人の気配がありました。私が一人でテント泊をする場合、絶対に誰にも見つからなさそうな場所か、逆に人目に着く場所で近くの人に声を掛けて張らせていただくか、どちらかになることが多いです。

この日は人の気配が気に入らなかったので、そのまま通過して姉ヶ崎キャンプ場まで歩きました。おかげで2日連続、途中で日が暮れてしまいました。歩き疲れた身体を休暇村宮古の大浴場でゆっくり癒し、極楽を味わいました。

旅の最終日。角を曲がるとカモシカが居ました。あまりにも当たり前に、真っ直ぐにこちらを向いて立っていて、私たちはしばらくの間、見つめ合いました。私が少し視線をずらした瞬間、カモシカは林の中へと駆け去りました。ドキドキしながら凍りついていた時間は、夢か幻のようでした。

こうして7日間で約150kmの道のりを、最後の2日間は駆け抜けるように歩き、残念ながら他のハイカーには一人も出会うことなく、浄土ヶ浜に到着しました。その名の通り、浄土を思わせる美しい白砂と俗っぽさが同居する浜は、セクションハイクのゴールに相応しく、満足感に浸りました。

その後、浄土ヶ浜ビジターセンターに立ち寄り、スタッフの方とお話をしました。今回歩いた久慈〜宮古は、トレイル中で最もアップダウンが多く、体力的に厳しい区間だそうです。確かに険しかったけれど、迷いやすい場所にはトレイルテープが付けられていて、ハイカーへの歓迎ムードを感じられました。歩きごたえがあり、雑木林や海岸段丘の断崖絶壁などの美しい風景があり、野生生物がたくさん生息し、人々の暮らしがありました。

人の生活の場を通り抜け、なだらかに変化する自然や文化圏をつなげて歩くことは、トレイルならではの魅力だと思います。私にとっての「みちのく潮風トレイル」とは、かつてはどこにでも当たり前に存在していた、しかし変化せざるを得ない瀬戸際にある、日常の光景の再発見となるのではないか。という予感がしました。

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