空と大地のあいまに 18

アウトドア

みちのく潮風トレイル 第17話 村、それぞれ

5月末の暖かい日、岩手県の野田村に帰って来ました。これまで歩いてきた私のみちのく潮風トレイルは、岩手県と宮城県の県境を越えて、気仙沼市の唐桑大沢まで進んでいます。しかし心残りがありました。陸中野田駅から普代村の黒崎荘までの、30km余の歩き残しです。途中で知り合った写真家のOさんに車で案内して頂いて、とても楽しかったけれど、やはり自分の足で歩き直したかったのです。

陸中野田駅で下車すると、雨上がりの湿った風が吹き荒れていました。役場に近いOさんのお店に立ち寄り、お土産と共に図々しくも荷物を預かっていただき、少し身軽になって歩き始めました。

十府ヶ浦に着く頃には空も晴れて、初夏らしい爽やかな空気に入れ替わりました。途中、“マリンローズパーク野田玉川”という鉱山跡の施設は休館しており、売店だけが開いていました。店番の若い女性に「のんびりして良い所ですね。」と声をかけると、「何もない所ですけど。」「何もないのもいいなあと思って。」「はい、なんか分からなくもないです。」と不思議な共感をいただきました。何もないけれど、なんだか良い。その感覚を忘れずに居たいものです。

野田玉川駅から三陸鉄道の低い高架下をくぐり、玉川野営場に到着しました。まだ15時前ですが、眠気が襲ってきてます。ツェルトをピシッと張れたことに満足すると、鳥の声と波音を聞きながら昼寝をしました。

少し肌寒くなって目覚めると、隣の畑で作業している音が聞こえました。何でもない場所にある、炊事場とトイレがあるだけの、のどかなキャンプサイトです。夕方、近所の管理人さんがやってきて料金(当時150円!)を支払いました。

翌日、ぐっすり眠れたのにまだ寝不足の朝でした。夜行バスでの移動は効率的だけど、疲れがなかなかとれません。動きの鈍い身体を無理やり起こして、玉川海岸におりる道を進みました。若い松がたくさん茂っていて、自然の回復の速さに感心します。それに比べて町の復興はごちゃごちゃしていて不器用な眺めです。

丘の上から安家川に下りて、堀内駅から漁港を見下ろすと、何やら賑やかに作業をしている人々がいました。トレイルルートを外れて堀内漁港を訪れると、5〜6人の女性達が深緑色の海藻を絞ったり塩をまぶしたり、忙しそうでした。声をかけるのを躊躇していると、お暇そうな男性がのんびりと歩いてきたので、「あれはワカメですか?」と聞くと、「いいや、コンブだよ!」。そうでした、普代村といえば昆布です。町村が変わると“推し”も変わるので、対応を間違うとがっかりされてしまいます。

沢漁港の先には渡渉ポイントがあります。しかし沢のほとりにイタドリが茂り、道が見えません。私の背丈を超える頑丈な茎をかき分けて、しまいにはイタドリの竹馬に乗るような格好で沢に出ました。渡渉した先は、しっかりした未舗装路でした。

一度集落に出て、また漁港に降り、再び渡渉して字留部山の美しい広葉樹林を歩き、ズブズブの沢筋を靴を濡らしながら下ると、普代中学校の裏手へ出ます。美しいけれどハイカーには非常に不評なこの区間が、実はかつての通学路だったと聞き、昔の子供達の健脚さに驚きます。普代村の皆様の熱い思いによりこの沢筋がトレイルにされたと知れば、意地でも喜んで歩かずにいられません。

トレイルに対する姿勢は市町村によって異なり、ひたすら穏やかな野田村と、てんこ盛りに押してくる普代村。隣同士でありながら全く違うところが好きです。普代村には、普代水門と太田名部水門という、昭和59年に完成した2つの大きな水門があります。当時の村長さんが村人の反対を押し切って、明治の津波の高さを超える水門を建設したお陰で、2011年の津波では村の被害を最小限に抑えられたのだそうです。巨大なコンクリートの建造物は、個人的にはあまり好みでないですが、当時のエピソードを読んでいると素直に「良かったな」と思います。

何が幸いするかなんて、誰にも分からなかったことでしょう。結果が良かったから賞賛されたけれど、もし悪ければ批判されるのですから。人々の声は時には情け容赦ないけれど、根本にあるのはみんな「大切な人を守りたい。」という願いなんだろうな。だからいつも意見はまとまらず迷走するのかな。と、私の頭の中も迷走しているのでした。

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