旭山動物園―命を伝える―

アウトドア

森林限界を超えて視界が開けた場所に立つと、開放感と同時に圧倒されることがあります。自分の立っている大地が自分の手に負えない領域にあることへの圧倒される感じ、人は知りたいという好奇心を糧に歩んできたまれな生物なのかもしれません。それでも自然に本能的に感じる恐れは、生命が本来備わっている危険察知能力なのかもと思うこともあります。時に岩かげに住みかを決めた高山植物を目にすると、命を繋ぐことに懸ける植物の強さを感じることもあります。

昨年、11月初旬に旭川に旅行しました。急に決めたことだったのですが、現地に住む友達とも連絡が取れ、寒冷地が本格的に冬に入る前の静けさを味わう旅になりました。近くの観光地はシーズンオフだったのですが、旭川市にある旭山動物園はちょうど夏季営業から冬期営業までの休業に入る手前の時期で、運よく入園することができました。

【旭山動物園】

日本最北の動物園である旭山動物園は、ユニークな「行動展示」で全国に知られています。ペンギンのお散歩や、円筒の水槽を泳ぐアザラシの姿は、私もニュース映像で見た記憶がありました。動物の見せ方を工夫し、北海道の気候を活かした動物園だと思っていたのですが、訪れてみてそれだけでは認識不足だったと感じました。

狭い水槽を勢いよく泳ぎ上っていくアザラシ。ぽってりした体や丸い目が愛らしく見入ってしまいましたが、驚いたのは手書きのキャプションでした。この水槽で暮らしていたアザラシの死亡のお知らせに、細かく病名まで書かれていたのです。ペットとして飼われている猫や犬が、人間と同じように様々な病にかかることは知っていました。野生に暮らす動物たちもまた、一通りの死ではなく、様々な要因で亡くなるのだということ、考えてみれば当たり前のことに気づいた驚きでした。

旭川動物園は「喪中看板」を掲げたり、老いの姿も見せる展示もしているそうです。かわいい動物の赤ちゃん誕生はニュースでも目にしますが、老いや死もまた命の姿なのですね。動物園は本来の動物が暮らす自然とはかけ離れた環境かもしれません。それでも個々の生命と向き合う動物園側の姿勢を感じました。

【アザラシ館】

【ぺんぎん館】

「行動展示」には動物本来が持つ本能の姿をできる限り伝えたいという思いがあるそうです。自然界ではさまざまな野生動物が同じ環境で共に暮らしています。そこには食うものと食われるものの厳しさもあれば、住み分けて共存している種もあります。旭山動物園ではカピバラとクモザルの館を一緒にしています。私が見た時にはカピバラが、クモザルのいる鉄塔の下の餌にそっと近づいていって、キーっと追い返されるのを目にしました。のんびりした顔立ちそのままに、カピバラは性格もおっとりしていて、クモザルはすばしこく、気も強そうだと面白く感じました。

【くもざる・かぴばら館】

あとで知ったのですが、この共同の住処では事故もあったそうです。クモザルはすばしこく機敏ですが、水の中では勝手が違います。一匹のオスが頻繁にカピバラにちょっかいを出したり、餌をかすめとったりという行為をしていました。通常のクモザルは水を恐れますが、このサルは水を恐れず、水の中まで餌を取りにいく行動もしていたそうです。世界最大のネズミの仲間に属するカピバラは、鋭い前歯を持っています。水の中はカピバラの聖域です。ある日、この聖域の中に入ったサルをカピバラが噛み、命を落とすという事故が起こってしまいました。

あの日、私が目にした光景は、その事故の後のことだったのだと知りました。自然界には様々なことが起こります。本来は水を怖がるクモザルが、危機察知能力の欠如から起こった事故、これについても考えさせられますし、より深く動物たちを理解するために、混合展示を続けていこうとする動物園側の姿勢も意味のあることだと感じます。

【旭山動物園内の道】

登山者の私にとってはアウトドアになる山が、動物たちをはじめとする生命にとっての住処です。山での危険を考える時は、自らが山に危険を持ち込んでいないか、と考える視点も大切ですね。

旭川は自然と繋がり深いアイヌ文化とも縁のある土地です。旭山動物園が自然環境を守る大切さを伝えているのは、そうした背景もあるからかもしれません。休業を経て、旭山動物園は冬期営業が始まります。私が訪れた時には工事中だった「エゾヒグマ」館も、今年オープンしたそうです。

旭川の友人が、今度は旭岳山頂を周ってみようと提案してくれました。いつの日か旭川を再訪したいと思います。

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