- 8月30日【Day9 Evolution Lake → Deer Meadow 31.1km/225.8km】
朝起きた時にふらついた。一瞬上下がわからなくなりそうになり、まずいかもしれないと思ったが、今できることと言ったら歩くことしかないと思い、足を踏み出した。
静かな湖に別れを告げてこの日も歩く。朝日が出ていない時間から歩くと一日を得した気分になる。日が当たらないと寒い。最初の峠に向けて歩いた。
太陽が左側の山の上から出てきたとき、いつもほっとする。都市で生活していたら絶対にこの感覚を味わうことはできないだろう。今日もまた、太陽が出てきてくれたことをありがたく思う。
途中で鼻血が出た。大丈夫だと自分に言い聞かせて進む。昇りたての太陽に後押しされながら歩いてく。この日も晴天である。歩きやすい大地に思わずポーズしてしまう。
比較的なだらかな坂を登り、Muir Passに到達する。ここも素晴らしく展望の良い峠だった。
ところどころに雪が見える。荷物を下ろして記念に写真を撮ってみる。集団で歩いている人たちに会い、いろいろと話をした。ちょうどロサンゼルスから来ている人がいたので、帰りるまでに行くと良い場所を聞いたり、日本のトレイルの話をしたりした。彼らは、かなり日本のトレイルに詳しかった。アメリカほど自由ではないかもしれないが、日本に帰ったら日本のトレイルも歩きたいと思った。
私はこの時、アメリカのトレイルの文化、自由さ、寛大さが、本当に気に入っていた。
峠には、手作りの小屋が立っていたので入ってみた。いい香りがした。
峠を越えた下り坂を見たら、雪が積もっていた。若干トレースが残っていたのでゆっくり滑りながら降りていく。雪に太陽の光が反射してまぶしい。雪解けのせいで、道が川になっている場所が沢山あったが構わずに進む。何度も道を間違えた。崖の上まで行ってしまったが、なんとか降りた。
途中でまた、お兄さんとすれ違った。すれ違った後、私の旗に反応してくれてプロテインのケーキを上の方から投げてくれた。
いろんな方にいろいろなものをいただいて、やっと歩けている、そんな感覚になった。
ここから、かなり下った。下りがあるということは、この後長い上り坂が待っている。毎回のことなので分かっていた。細い道を、歩いていく。
John Muir Trailは、このような樹林帯が多い。日本の山とは、雰囲気が違い、どこか開けているような印象を持つ。
そのあとは散々だった。ぬかるみにはまり盛大に転んだ。泥にはまって抜け出せなかった。すぐに乾いたが、気分は最悪だった。頭上の、雲一つない空に笑われているような気がした。
一番下の分岐についた。ここから先は、次のMather Passを越えるまでずっと坂道だ。さっき頂いたプロテインのケーキを食べながら少し休んだ。靴に空いた穴が目立つようになってきた。服も、随分と汚くなってきた気がする。
喉が渇く。水を飲んでも飲んでもその分蒸発しているような気がする。周りは、岩山が目立ってきた。どこまで歩こうか。少しずつ沈んでいく太陽を背に、まだいけると思いながら坂道を登っていく。坂が続く場所は、テントを張るのに十分な場所がないことが多い。やっと広い場所に出て、テントを張った。焚火ができそうだったので、色々集めて火を起こした。火をつけるコツをつかんだので、早くつけられるようになっていた。松ぼっくりを、小さな小屋を作るように重ね、その上に燃えやすい葉などを乗せ、最後に枝を置くとすぐにつく。
連日30km近く歩いていたので、いつもより食べることにした。パスタを焚火でゆで、ココアを飲んでゆっくりした。
次の日のMather Passはきついという情報を得た。ゆっくりいこう。そのあとは、峠は3つだけだと言い聞かせる。髪の毛がボサボサになってきた。
携帯が通じない生活に慣れていた。もう何日間電波が来ていないのか、わからなくなっていた。だんだんと一人でいることが心地よくなっていた。文明の中の時間を忘れるのがロングトレイルの本質のような気がする。ロングトレイルは不思議だ。
朝に太陽が昇るとうれしい。ありがとう、と言いたくなる。こんなことに感謝できるなんて、なんて素敵なのだろう。何かが複雑になって、何かが単純になっていく。これが旅なのだと思う。
だから私は旅が好きなのだと思う。

&Green公式ライター
大学時代に初めて一人で海外に旅に出たのを機に、息をするようにバックパッカースタイルの旅を繰り返す。大自然の中に身を置いているのが好きで、休日はいつも登山、ロングトレイル、釣りなどの地球遊び。おかげで肌は真っ黒焦げ。次なる旅を日々企み中。