John Muir Trail -ある夏の私の旅- 【14日目最終回】

トレイル

9月4日【Day14 Guitar Lake→Mt.Whitney→Whitney Portal

1:00に起きた。気が狂うほどの暗黒が周りを包んでいた。平常心を保とうと思ったが、なかなか難しかった。心臓が痛いほど脈打っている。いよいよ、今日がこのJohn Muir Trailの最終日だ。昨日の悪天候によってテントがびしょ濡れになっていて、思ったよりも撤収に時間がかかってしまい、出発したのは2:40だった。

私の前に、一つだけ、遠くにヘッドライトの光が見えた。顔は全く見えなかったが、ニッキーだとわかった。最初は、後ろに続く人は、誰もいなかった。自分のヘッドライトが照らす足元以外に、光ははるか上で輝いている星だけであった。月は見えなかった。前も後ろも上も下もすべて漆黒の闇。気が狂いそうだった。いや、狂った。もう一生太陽を見ることはできないのかと本気で思ってしまうほどであった。

改めて怖い、と思った。長すぎた。聞こえる音は、自分の息と足音だけだった。

途中で、真っ暗な中、道を見失った。右に行っても左に行っても同じような道が続いていて、右往左往した。昼間なら前を見ればどこが向こうにつながる道か判断できるが、この時間ではそうはいかなかった。携帯のGPSもあてにならなかった。

うろうろしていると、後ろから一人の若い女性がやってきた。随分とゆっくり歩く人だった。こんな人、私の後ろにいただろうかと不思議に思ったが、今はそんなことを考える余裕はない。私が道を見失った、と言うと、一緒に探してくれた。数分さまよい、やっと見つけられた。お礼を言い、道を探りながら抜きつ抜かれつ、ゆっくりと話しながら歩いていると、先に行っていいよと言うので、山頂で会えたら会おう、と言い、私は先に歩いて行った。不思議だった。

山頂まで行った後、同じ道を引き返して戻ってくるルートなのだが、彼女には一度も会わなかった。そこまで距離は離れなかったはずだ。山頂には寄らずに麓まで戻ったのだろうか。正しい道に導いてくれた彼女は、いったい誰だったのだろうか・・・。

その後も何度も何度も同じように見える道をくねくねと曲がり、凍っている断崖絶壁を通り、雪の上を渡り、やっと、Mt.WhitneyとWhitney Portalとの分岐までたどり着いた。

ここからは、何も分岐はない。左の道を最後まで行けば、そこはこのトレイルの最終地点、340kmの終点である、北米大陸本土最高峰のMt.Whitneyだ。山の向こうに、やっと黒くない空が見えた。待ちに待った、朝が来た。よかった。今日も、いつものように太陽が登った。もう少しだ。深呼吸しながら、ゆっくり、ゆっくりと登っていった。

途中、岩と岩の間から真っ赤な朝日が見えた。思わず立ち尽くした。前を見ると、山頂のあるドームが見えた。あと数時間後には、私はあそこに立っている。この、長い長いトレイルの終わりが、もう自分の目には映っていた。不思議だった。自分が今ここにいることが不思議でしょうがなかった。ゆっくりと、最後の道を踏みしめるように登っていく。さようなら、John Muir Trail、ありがとう、John Muir Trailと心の中で叫びながら。

狭い道を何度も通る。凍っている道だった。足元には、早朝までいた湖が小さく見えた。不思議と、ザックの重みを感じなかった。ただ足をひたすら前に向かって動かした。もう、休憩することさえできなかった。早くあの上に立ちたい。北米大陸本土最高峰の頂が見えている。

そして、最後のドームに差し掛かった。ここをまっすぐ歩けばたどり着く。足元は少し雪が混じっていた。何を思ったのか私は、持っていた水をドームの途中で半分以上捨てた。ザックの後ろにつけた、ボロボロになった旗がしっかりついていることを確認し、靴紐を締め、山頂に向けてゆっくり、ゆっくり歩いた。

あぁ、ついに私はここまで来てしまった。もうすぐ山頂の小屋が見える。昇りたての太陽がまぶしい。これが私のJohn Muir Trailの最後の景色だ。もう、これでさようならをしなければならない。この目に景色を焼き付けるように、必死に景色を眺めながら足を山頂に向けた。

そして、ついに、山頂にある小屋が見えた。写真でしか見たことがなかった、ずっとここに来たいと思っていた小屋がついに、自分の目の前に立っていた。その瞬間、今までのいろいろなものがこみあげてきて、涙が頬を伝った。来てしまった。私は、このトレイルをすべて歩き終え、もうすぐゴールに立とうとしている。何度も何度も想って歩いた最後の場所に行こうとしている。

そして、ついにその瞬間が訪れた。

201994日 現地時間 730
John Muir Trail 340km
単独無補給でのスルーハイクを14日で終え、
アメリカ大陸本土最高峰 

“Mt.Whitney”に登頂

ついに、やりきった。私は、自分の、この足ですべて歩き切った。

信じられなかった。でも、今自分は、この山頂にいる。しっかり山頂を、このボロボロになった靴で踏んでいる。周りには、自分より大きなものは何もなかった。すべての山脈が、足元に広がってどこまでも続いている。全部歩いた。本当に歩いた。途中、しんどくて辛くて、何度も何度もけがをして、もう帰りたい、と思った。峠越えも、毎回つらかった。でも、いざゴールに着いたら、そんな事はどうでもいいくらいの達成感が体中を駆け巡った。山頂で、荷物を下ろした。全身を、朝の、爽快な風が通っていく。生きている。私は今ここで息をしている。こんなに当たり前のことが、震えるほど嬉しかった。

なんと、山頂でニッキーが、待っていてくれた。自分のことのようにJohn Muir Trail制覇を喜んでくれた。何度もおめでとうと言ってくれた。山頂に座った。視界が涙でぼやけてくる。目を閉じて、思いっきり空気を吸った。やりきった。14日、二週間で340kmを歩き終えた。

長くて濃い二週間だった。靴も、服も、全部穴だらけでボロボロになった。私は、この道が好きだ。途中、道と一緒になった気がした。道の一部になって歩いている気がした。ありがとう、John Muir Trail。

ありがとう。登頂者名簿に名前を刻んだ。手が震えた。

後ろの山々が美しかった。山頂で待ってくれていたニッキーが写真を撮ってくれた。「さや、ほら、この下にチーズバーガーが待ってるよ」と笑いながら。前日に麓から登ってきたハイカーも数人いて、一緒におめでとうと言ってくれた。

朝日がまぶしい。この最後の日に、いい天気だったのが本当にうれしい。ザックの後ろにずっとつけていた旗は、もうボロボロになっていた。何度も旗とザックと靴を眺めた。この山頂から、長い間離れられなかった。頭がボーっとした。すべてやりきった。正直、これ以上のことはできないと思った。

私は、John Muir Trailをすべて歩いたハイカー、すなわち、スルーハイカーになってしまった。20歳でこのトレイルに足を踏み入れ、途中で誕生日を迎え、21歳になってこのトレイルをすべて歩き切った。なんとも言えない達成感に包まれた。

山頂でしばらくボーっとしていると、周りにだんだんと雲が集まってきた。早く下山した方がいい。だが、しばらくの間、体が動かなかった。やっと腰を上げ、この景色を頭に焼き付けた。さようなら。Mt.Whitney。

そして、荷物を背負い、ゆっくりゆっくり下山を開始した。もう太陽は上まで上がってきていた。焦ってはいけない、下山が一番大事だと言い聞かせつつ、達成感で抜け殻のようになりながら下った。もう私はJohn Muir Trailのスルーハイカーなのだ。この事実はどうやっても曲げられない。やってしまった。歩き切ったのだ。

正直、今死んでも後悔はないのではないかとまで思ってしまった。

朝通った分岐までニッキーと下った。分岐を右に行くとJohn Muir Trailが続いている。左は麓の町に続く道だ。彼女は別れ際にそっと、「こんなすごいことをしたあなたに会えてよかった。あなたは私の心の支えよ。」と言ってくれた。そして、さようならを言ってから、彼女は右に曲がった。私はしばらく見送り、左に足を向けた。

本当に抜け殻だった。麓のWhitney Portalまでの道のりが、長く感じた。麓の町がずっと下に見えた。歩いて歩いて歩いた。途中で男の人3人組に会った。今John Muir Trailを歩き終えたことを伝えると、一緒に喜んでくれた。もしよかったら、街まで車に乗らないかと誘ってくれた。山の麓から、街に出る公共交通機関は無いことは知っていた。ありがたく乗せてもらうことにした。自分は最後まで運が良すぎると思った。少し三人と間が空きつつも、4人で下った。もうこの坂を下るのも最後だと思うと、寂しい気がした。

何日ぶりに見たのか忘れた。はるか下の方に、車の屋根が見えた。もう、車は異世界のものだった。車が見えただけで飛び跳ねるほど感動した。

最後の曲がり角を曲がった。目の前には多くの車と、コンクリートが見えた。また、涙があふれた。3人も、私のことを待っていてくれているのが見えた。

そして、ついに、私の長かったトレイルは終わった。
「ありがとう、John Muir Trail。」

その後、私は3人と麓の町に向かった。久しぶりに車に乗った。久しぶりにコンクリートを見た。久しぶりに家を見た。窓を全開にして、4人でビートルズをうたいながら、町までの道を楽しんだ。そして、4人でハンバーガーをほおばった。久しぶりに食べる、町のご飯に感動し、夢中で食べた。やっと食べられた。今生きてお店でご飯を食べているということに感動した。

今、目の前にテーブルがあって、椅子に座っているというのがなんとも非日常のような気がした。嬉しくて、嬉しくて、何度も触った。ビールもハンバーガーも彼らがおごってくれた。宿もおすすめの場所を教えてくれた。余ったガス缶は、たくさん親切にしてくださったお礼として彼らに渡した。

本当によくしてくれた彼らに別れを告げ、彼らの乗る車が見えなくなるまで見送り、教えてもらった宿に足を向けた。ベッドは空いていた。そして、案内された部屋のドアを開けた。ベッドがあった。シャワーがあった。何日も何日も夢にまで想っていたものが現実として自分の目の前に存在していた。熱いものがこみ上げてきた。

家族に、仲間に、久々に連絡をした。家で待ってくれている人、同じく海外にいる人、昔会った旅人、一緒に山に登った仲間、たくさんの人がおめでとうと言ってくれた。

約2週間半ぶりにシャワーを浴びた。こんなに素晴らしいものがこの世にあるのかと思った。何回洗っても汚れが落ちなかった。足がパンパンに腫れて、腰は内出血していた。髪の毛は少し伸びていた。

ついに布団に潜り込んだ。大きく伸びをした。ああ、私は歩き終わったのだ。そして、私は、興奮と感動を胸に抱きながら、今までにないほどに深い眠りについた。

帰りの飛行機までの数日は、アメリカやメキシコをゆっくり旅して過ごした。

その後、無事日本に帰国した。

” 今でも私の部屋には、あの時の靴がある。
時がたった今でも、あの道を歩いたことが現実だったことを、この靴が教えてくれる。”

 

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