空と大地のあいまに 13

アウトドア

みちのく潮風トレイル 第13話 「熊より怖い、あいつら」

その晩は、公園でキャンプするつもりでした。しかし日暮れ近くなってもまだ行楽客が多く落ち着かないので、もう少し進むことにしました。車道をしばらく歩き鳥谷坂への登り口に着いた所で、そこの小さな海岸の空き地にテントを張りました。

トイレを済ませた後、手を洗おうと沢筋を少し遡ると、ほんのりと獣臭が漂ってきました。水を汲んでいる間も背後になんだか視線を感じ、何者かの気配があるようで薄気味悪く、大声で歌いながらテントに戻りました。

翌朝、雨が降りそうなので早めに撤収し、鳥谷坂へと登り始めました。ジグザグの斜面は落ち葉が溜まっていて、しばらく誰も歩いていないようです。尾根に出たところでトイレに行きたくなり、荷物を置いて谷間へ少し降りて、しゃがみました。次の瞬間、私は物凄い悲鳴を上げてしまいました。ズボン全体が、水玉模様になっていたのです。

その模様は、大・中・小、つまり成虫・若虫・幼虫の、大量の“マダニ”でした。ぎゃーーー!と声を上げながら斜面を上り、足を払い、バックパックを持ち上げると、そこにもたくさんマダニが付いていました。半狂乱で虫除けスプレーを振りかけて払い落とし、荷物を背負って走りました。

人通りのない山道は、所々草ぼうぼうになっています。草に触れるとファサッとマダニが乗り移ってくるので、変なダンスみたいに手足を振って叫んで、もう必死でした。鳥谷坂の峠にあった素敵なベンチも通り過ぎ、爆走して人里に出ました。

ちょうど畑仕事をしている男性に出会い、挨拶もそこそこに「マダニが凄かったんですー!」と叫ぶと、「ハハハ、今の時期はバンビだらけだからね、僕は30箇所刺されたことがあるよ。まあ、ちょっと熱が出たけど大丈夫だあ。」と笑っておられます。

私には笑う余裕などありません。「うわあああ!」とだけ返して、走って舗装道路に出た時にはホッとしました。アスファルト、万歳!

もう一度、服と荷物をよく叩いてから、コンビニに駆け込んでコーヒーといちごサンドを買い、イートインコーナーで休憩しながら近くのホテルを予約しました。まだ早朝ですが、もはや一歩も進む気力がありません。チェックインの時間まで釜石の町でだらだら過ごしました。

その晩は着ていた服や靴はもちろん、バックパックもテントも全て洗いました。それでも翌日靴にマダニが付いていたので、ホテルの方には事情を話して掃除機をしっかり掛けて頂きました。全く迷惑な客です。

ところで釜石の居酒屋で出会った猟師さんによると、私が昨夜テントを張った鏡海岸は、3頭のクマの縄張りが重なっている場所で、そのうちの1頭は巨大熊だとか。

「あそこは俺たちが熊を襲いに行く場所だ。熊を襲う時にはナタを忘れちゃいかんぞ!熊が立ち上がって腕を振り上げたら、すかさず斬りつけるんだ!」

私が沢筋で感じたのは、巨大熊の息遣いだったのでしょうか。無事だったから言えることですが、私にとっては熊よりマダニの方がはるかに現実的で、恐ろしいです。あの小さな八本足が、気付かぬうちに肌に喰いついて膨らんだ姿を想像するだけで、背筋が凍ります。熊はそっと逃げてくれるけれど、あいつらは寄って来ますから。

あれ以来、山道を歩く時や草むらに入る時は必ず虫除けスプレーを使い、時々服や身体をチェックするようになりました。想像以上にマダニはどこにでもいて、藪を漕げば大抵ついてきます。

ところで、危険生物の注意情報などを見ると、必ず「長袖、長ズボンで肌を露出しない」等と書かれ、首周りにタオルを巻き手袋も着けたイラストが描かれています。しかし暑い日にそんなフル装備で活動したら、熱中症も怖いですよね?

自然とはそういうところだよ。と田舎の人々は笑います。だけど、昔からそんなにひどかったのでしょうか?自然も変化している。なんだか不穏だ、と思うのは、都会人の妄想でしょうか。

関連記事

トレイル

John Muir Trail -ある夏の私の旅-【出発】                                                                                                                                                                                              

特集記事

最近の記事 おすすめ記事 特集記事
  1. 山を守る神さま『山神さま』とは?山神さまを知ってもっと山を楽しもう!

  2. 熊野古道旅情紀行 02

  3. 平日ソロ登山-棒ノ折山-

  1. 熊野古道旅情紀行 02

  2. 平日ソロ登山-棒ノ折山-

  3. 【ONE SCENE】山とトレイルにまつわる物語
 vol.04

  1. 【祝】ダウラギリ登頂!日本人女性歴代最多,8000m峰登頂の渡邊直子さんにインタビュー!

  2. 「こんなに難しいと思った山は初めて、シェルパたちに感謝の気持でいっぱい」渡邊直子さん【日本人女性初8000m峰8座目登頂】

  3. 現役看護師の登山家 渡邊直子さんにインタビュー!ヒマラヤ裏エピソードと山の楽しみ方

最近の記事

  1. 山を守る神さま『山神さま』とは?山神さまを知ってもっと山を楽しもう!

  2. 熊野古道旅情紀行 02

  3. 平日ソロ登山-棒ノ折山-

ランキング

  1. 1

    堤防釣りは、初心者でも爆釣が期待できる楽しい釣り!

  2. 2

    冬の星座が綺麗に見えるのはなぜか?澄みきった星空の魅力に迫る

  3. 3

    現役看護師の登山家 渡邊直子さんにインタビュー!ヒマラヤ裏エピソードと山の楽しみ方

  4. 4

    秋登山の魅力は?出逢える野鳥や紅葉の美しいおすすめの山を紹介!

  5. 5

    キャンプ初心者必見!ロープやペグなどを正しく使用したテントの張り方

TOP