みちのく潮風トレイル 第9話 「猫島どうどうめぐり」
3月の連休を前に、みちのく潮風トレイルの公式地図を隅々まで眺め、3日間で効率よく楽しめるセクションを検討しました。そして選んだのは、今まで歩いていた岩手県からずっと南の、宮城県石巻市の離島、田代島と網地島でした。
猫の島・田代島でニャンコに囲まれてキャンプだ!と妄想を膨らませ、テントを担いで石巻へ向かいました。
石巻中央港を出発したフェリーが旧北上川河口から外洋に出ると、途端に大波に揉まれはじめました。私は船に弱いのです。ジェットコースターのように揺れる船内で、前の背もたれにしがみつき悲鳴を上げました。
高波のためフェリーは田代島の大泊港に入れず、もう一つの仁斗田港に入りました。早速、長毛の美しい白黒猫が2匹、真っ直ぐに駆け寄って来ました。何かを要求する眼差しで私を見上げて鳴きますが、餌やり禁止の看板の前で違反はできません。ごめんね。と言って立ち去りました。
島のトレイルルートを進むと、古い井戸や水田の跡がありました。こんなに小さな島で稲作が行われていたとは驚きです。でも今はもう、寂れ果てた風景でした。
それから島の反対側の大泊港へ降りてゆくと、大きな猫が1匹、道の真ん中でひっくり返っていました。撫でようとすると素早く逃げてしまいました。こうしてあっという間に5km余のトレイルの端まで歩き終え、折り返してキャンプ場に向かいました。
キャンプ場には私一人だけ。広々として気持ち良いのに、私は何を思ったのか隅のタブノキの下にテントを張ってしまいました。
夜、テントの中でご飯を食べていると、突然背中にフニャッと温かい何かが触れました。他所なら悲鳴をあげる状況ですが、ここは猫の島・田代島です。もしや?とテントから顔を出して見ると、小さな猫がテントに寄り添っていました。お腹が空いているのかな。でも猫の健康のため、勝手に餌をやるのは禁止です。また「ごめんね」と、ひと撫でしようとして、逃げられました。
その晩は風が強く、大変寝苦しい夜となりました。頭上のタブノキの葉が、風に煽られるたびにガラガラジャラジャラ騒々しいのです。照葉樹の頑丈な葉の威力は半端じゃありません。深夜にテントのペグを抜き、広場の真ん中までずるずる引きずって移動しました。しかし葉の音が遠ざかった代わりに、今度は島にぶつかる波の音がドドーンと轟いていました。全く自然界は、やかましい所です。そして明け方には鳥の声と漁船の音で目を覚まさせられるのです。
翌朝もまだ波は高いままでした。“島の駅”という施設に立ち寄ると、猫たちの世話をしていた女性に話しかけられました。「午後のフェリーは欠航になりそうだから、今のうちに移動した方が良い。」と言われて軽トラに乗り港に向かいながら、女性は震災の時のことを軽い調子で話してくれました。
「石巻港が被災したので島は一時孤立したけれど、ずっと使っていなかった井戸を掃除して水を汲んで、電気が止まった冷凍庫に保管してあったアワビやウニを食べて、あんな贅沢な食生活は初めてでしたよ。」
笑って語られてましたが、当時は本当に大変だったことでしょう。田代島は漁業の島ですが、井戸水が豊富で昔は稲作が行われていたのだそうです。現在の住民は60人ほどに減り、高齢化し、観光客を迎える体制が維持できないとぼやいておられました。
網地島に着くと、3匹のトラ猫が現れました。田代島の猫たちよりも人懐っこく、足にまとわりついて離れません。しかし猫の世話人らしき男性がやって来ると、私に背を向けて一目散に彼の方へ走り去ってしまいました。
田代島より大きくて人口も300人ほどある網地島ですが、ルートは6.4km、のんびり歩いても2時間ほどで終わります。島の北側には、タブノキの暗く美しい森がありました。頭上を見上げると、枝葉が網目のように空間に張り巡らされていて、木漏れ日が星空を思わせます。森の出口は笹のトンネルになっていて、集落に抜け出た瞬間、時空を超えたかのようなワープ感に、わくわくしました。
その先で薪割りをしていた男性に挨拶をすると、そのまま立ち話になり、先程のタブノキの道はかつて通学路だったことを教えてくれました。「途中の脇道を進んで海の見える広場で休みました。ベンチからの眺めが良かったです。」と言うと、「いい所だったろう?あれは僕らが整備しているんだ。」と喜こばれておりました。
地元の人による手作りの道標やベンチには、地元の人とハイカーの双方を笑顔にする魔法が掛かっているようですね。寂しいことに、二つの島にはトレイルの正式な標識はひとつもありませんでした。しかしトレイルを考案された方にとって、わざわざ離島を歩かせようとした意図が、きっとあるのだと思います。
最近聞いた話ですが、田代島では保護猫たちの面倒を見る予算が足りていなくて、島の駅も閉館してしまったそうです。観光だけでは猫を救えないのであれば、猫たちと共存してきた島の皆様の暮らしをどうすれば守れるのでしょうか。
そんなことを思うだけでも、ハイカーが島を訪れ歩く意味はあるのかもしれません。でも大切なのは、その先に何ができるか。だとは思うのですが。何も出来ていない自分の無力さが情けなく、轟く波に向かって何かを叫びたくなります。
・田代島の紹介:https://www.city.ishinomaki.lg.jp/cont/10053500/0050/3639/3639.html
・網地島の紹介:https://www.city.ishinomaki.lg.jp/cont/10053500/0050/3640/3640.html
広島県生まれ。写真家、長距離ハイカー。2008年より写真家として活動を始める。2017年にニュージーランドの長距離ハイキングコース「Te Araroa Trail」を175日間かけて歩いたことがきっかけで、歩きながら写真を撮るシリーズを続けている。■主な写真展:2021年に個展「徒歩景色」みちのく潮風トレイル名取トレイルセンター開催。2019年に個展「emu」他多数開催。■出版:2018年に写真集「emu」出版。2010年にフォトブック「熱帯温室」他。