湿原の沼を知れば見えてくるもの

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「湿原」と聞いて思い浮かぶのはどんなイメージですか?湿原とは淡水で潤った草原のことを指します。関東近辺在住なら「尾瀬ヶ原」を思い浮かべる人も多いかもしれませんね。尾瀬には水芭蕉が咲く清らかな別天地という印象があります。多湿な日本は、多くの湿原が存在します。

有名な景勝地でなくとも、今でも平地で見られる水田は、実は湿原の特徴を活かした土地活用法であったりします。古来より日本人は、葦(ヨシ)が生息する湿地を稲作地へと開拓してきた歴史がありました。このため湿原は山地のもの、手付かずの自然の域という神秘的なイメージがあるかもしれません。

【1:車山湿原の木道(霧ヶ峰)】

そもそも湿原はなぜできるのでしょうか。湿原は湖や川などの水源地が、周囲に生えた植物により次第に浅くなるところから生まれます。空気に触れないことで分解されない植物は徐々に堆積されていきます。植物による堆積は1年に1ミリ程度で、千年かけて1メートルになると言われます。

湿原を目にした時の独特の印象は、途方もない時間の堆積を目にしているからかもしれません。美しいけれど他を寄せ付けない雰囲気があり、沼の持つ底知れなさも感じます。実際に湿原は容易に外敵が侵入できない構造を持ち、他から干渉を受けない独自の生態系を保つことでも知られています。

日本の湿原の約8割以上は北海道に存在しています。本州以南では湿原をせっせと水田へ開拓した人々も、北海道では少し勝手が違ったようです。湿原の堆積物を表わすのに「泥炭(でいたん)」という言葉があります。北海道では割と知られた言葉だそうですが、重々しくて、一筋縄ではいかぬ響きがありますね。

一方で熱帯の淡水湿地では、微生物により草木の分解が進み、多くは砂や粘土質の「非泥炭地」に区分されます。繊維質が残った「泥炭」は乾かせばよく燃えるそうで、ストーブの燃料に使われたりもするそうです。また余市はウイスキーの産地で有名ですが、麦芽に香りをつけるために泥炭が用いられます。

【2:展望台からのぞむ釧路湿原】

湿原王国北海道の中でも、釧路湿原は日本一の大きさを誇ります。優美なタンチョウヅルは一時絶滅したと思われていましたが、数羽が釧路湿原で越冬し、種を絶やす危機から逃れました。以前に旅行で釧路を訪れた際に釧網線のノロッコ号に乗ったことがあります。

釧路湿原を横断するレトロな車両からは、きらきらとした緑がずっと続いていました。展望台からは蛇行する釧路川と周辺の草原を垣間見ることもでき、広大な土地でありながら閉じられた土地、干渉されずに独自の世界を保ち続けている、そんな印象を持ちました。悠久にも見える光景ですが、北海道の湿原はここ半世紀の間に半分以上も失われたそうです。帰りのフェリー乗場では、見送りしてくれたスタッフの方にタンチョウヅルの折り紙をもらいました。

【3:釧路湿原を横断するノロッコ鉄道】

地球上で乾燥地と言われるところは全陸地の約35%、湿地と言われるところは6~15%を占めていると言われています。水のあるところは気候の変化をやわらげてくれるということは、砂漠でのツアーに参加した時に実感しました。陽がある時は照りかえしで熱く、夜になると急激に冷え込む土地では、オアシスがいかに尊いものであるか、水と生命の関係性を考えさせられました。

池や湖が水のたまったバスタブだとすると、湿原は水を含んだスポンジにも例えられます。気候の変化をマイルドにしてくれ、またゆっくりと水を浄化する役割もしてくれています。実は湿原は遠い存在ではなく、巡り巡って、私たちの環境にも影響を及ぼしているのですね。

【4:湿原の花】

月山や立山などの高地の中に「弥陀ヶ原」と名付けられている湿原があります。その名前から、日本人がどのように山中の湿原を見てきたかを感じとれます。

ところでかつての日本列島はもっと潤っていて、湿原だらけの地であったそうです。それが気候の変化や、稲作をはじめとする人の手による開拓・治水工事の発達によって、湿原は「遥かな別天地」となりました。湿原を目にして感じる感覚の中には、祖先が見ていた懐かしい景色という気持ちも含まれたりしているのでしょうか。あるいはそんな先入観で、湿原の沼を眺めてみるのもいいのかもしれませんね。

参考:『湿原力―神秘の大地とその未来-』辻井達一/北海道新聞社

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