熊野古道旅情紀行 05

アウトドア

よく眠れた。周りは足早に出発していたが、のんびり準備をすることにした。いつものように朝ごはんを食べ、テントを片付けているとふと1人の男の人と目があった。どこかで見たことがある。私の名前を呼んでくれた。なんと、その男の人は、前年の9月に歩いた信越トレイルの二日目に一緒に歩いた人だった。同じTシャツに同じバフ。彼だった。

お互い驚きすぎて周りに通りすがりの登山者がいることも忘れて夢中で話した。なんというご縁だろうか。全く違う場所で暮らしている2人が全く同じ行程で2本のトレイルを歩いていた。トレイルは道を結ぶものだが、もしかしたら人と人を強く結ぶのかもしれない。前回は連絡先を交換していなかったので今回交換し、写真も撮ってもらった。こんな素敵な繋がりを体験してしまい、ますますトレイルの沼から抜け出せなくなっていくことを自覚した。

この日の最初は果無峠までの登り坂。急だが、一段が私の歩幅に合っていたのと、朝一で感動的な再会があったことで私の足はトントンと進んだ。樹林帯の中で鳥が左右交互に鳴きかわしているのが聞こえた。気持ちのいい朝だった。ふと、自分が今この地にいることが不思議になった。熊野古道にいるのだが、そこに実感がない。足の靴と大地が触れているところをまじまじと見ても実感が湧かない。確かにこの道の上にしっかりと立っているのだが、当の本人としては現実味がなかった。人は常に自分のいる場所について、当の本人は実感がないまま、宙に浮いている第三者の自分がそこに自分がいるということを実感させようとしているのではないだろうかと思った。

果無峠は思っていたより狭く、そして風が強かったので足早に降りることにした。これで小辺路の峠は全て歩き終えた。あとは下り坂や平坦地しかない。日の光が差し込んできて気持ちがよかった。

狭い尾根を通り、観音石仏に見守られながら下った。三十丁石では急に展望が開けた。川や橋が下に小さく見えた。この日歩く予定の場所がずっと向こうに見えた。太陽の光は暑いが風が涼しいので服の調整が難しかった。サクサクと尾根を下り、ついに道路に出た。むっと暑い空気が下から押し寄せてきた。後ろを振り返ると、大きな山が私のことを見下ろしていた。朝一でこの山から降りてきたことに驚いた。

車道を歩いていくと道の駅があったので、長い休憩をとることにした。中の売店は賑わっていた。嬉しくなってりんごと炭酸を買い、一休み。生き返った。トイレが綺麗で、必要以上にトイレに長居した。登山者ばかりに会っていたので、一般の人を見ていると海外に来てしまったかのような余所者感を味わう。それがまた少し心地いい。

その後も暑苦しいアスファルトを登り、ついに小辺路の終点が見えた。これで今まで歩いてきた小辺路とはお別れし、新たに中辺路を歩くことになる。今までの濃い様々な思い出を思い出すとお別れするのは寂しかった。ありがとうございましたと頭を下げ、中辺路の入り口にある門をくぐった。

門をくぐると気持ちが変わり、ついに中辺路の旅が始まった。熊野本宮までの道は、多くの人が歩いたことがわかる道だった。侵食が進み、両脇に壁ができていた。土が踏み固められていた。昔の賑やかさが聞こえてくるようで物悲しく懐かしく感じた。手を繋いで歩く着物姿の女の人や、休んでいるおじいさん、馬を連れた身分の高い人や遊んでいる子供たちの香りを感じた。

古道の上では、今はもういない彼らにしっかり血が通っていた。生々しくもみずみずしく人間らしい匂いが漂っていた。少し正規のルートから外れ、小高い丘の上に登ってみた。ここから、ついに熊野本宮大社の大鳥居が見えた。拝みたくなった。ここまで歩いてきて、やっとやっと見えた。昔の人も同じようにここで立ち尽くしたのだろうか。

ついに熊野本宮大社へ辿り着いた。やっとの思いで辿り着いた本宮。昔は生死を分けるほどの道だったのだと思うと、彼らのやっと来れたという強い喜びを感じた。真っ青な空に見事に映えた姿をしていた。観光客が多い中、私もお参りさせてもらった。

靴を脱いでビーサンに履き替えると、涼しい風が通り抜けていった。アスファルトは太陽の光の照り返しがきつく、毎日の直射日光で熱中症気味だったので傘を取り出してご飯屋さんへ向かった。大通りのお店で、お蕎麦とお寿司の両方を平らげた。

せっかくなのでお土産を見てみることにした。ザックを木の根元に置き、身軽になってルンルン気分でお店を覗いて回った。さすが世界遺産、お土産を見ているだけで楽しい。いつもトレイルを歩くとその道のワッペンを買ってザックに縫い付けるのが自分の中の決まりになっていたのでワッペンを探して回った。

しかしどこにも売っている気配がなく、あるお店で店員さんに聞いてみた。するとお店のおじちゃんがおしゃれなワッペンを二つ、サッと渡してくれた。嬉しくて何度も何度もお礼を言っていたら、熊野古道とサンティアゴの巡礼路の二つの道をモチーフにした檜のキーホルダーまで、どうぞ、とくださった。飛び跳ねるほど嬉しかった。必ずサンティアゴの巡礼路を歩こうと思った。早速、キーホルダーを丁寧にザックにくくりつけ、ザックを背負い、観光客の私から旅の私へ戻った。

大斎原の大きな大きな鳥居をくぐり、熊野古道をさらに進んだ。アスファルトの道はかなり足にきた。横の道路で車が猛スピードで走っていく。ここからテントが張れそうな場所までまだ2時間以上あった。山道と車道を繰り返し、最後の売店でこの日の夕飯後に食べたいお菓子を買い、中辺路の山へ足を踏み入れた。

日がだんだんと傾き、東側の斜面が暗くなってきた。スギが所狭しと生えているので光が届かず、不気味な雰囲気だった。怖かったので音楽を流しながら、静かでひっそりとした森の中を歩いた。平坦だった道がだんだん坂道になってきた。石畳が続き、暗くなってきてもう先には進めないだろうというところでやっと松畑茶屋跡に着いた。しかし、想像していた茶屋跡とは違った。暗いスギ林の中。石垣や石段が残り、お墓もあった。太陽の光が最後の力を振り絞るように林の間を照らしていた。最初に茶屋跡を見た時、本能的に「ここはやばい」と感じた。

五感で感じる以上のものが空間に残っている気がした。人の熱い想いがこもっているようで空気が重かった。しかし、朝からずっと歩き続け、日ももう少しで完全に沈んでしまいそうだったのでこれ以上進めなかった。後ろから何かに見られているような気配を感じながら、道の上のわずかな場所にテントを立て、すぐに入り口を閉じた。不思議な夜だった。真夜中に何かが道の上を歩いていた。

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