【視線の先#005】 ソロハイクは独りか

アウトドア

素人ハイカーがいきなり80km歩けたワケ

「おかげさまで」。誰かから受けた恩恵や援助に対し感謝を表すとき、割と気軽に口にできる便利なフレーズだが、その語源は神仏的なご加護を意味する“お陰”に“様”が付いた仏教用語。全てのものごとは因果関係によって成り立ち繋がり合い、個として独立し存在するものは一つもない、という真理を意味する「諸法無我」の考えがベースにある、実は非常に奥深い言葉だ。

特に敬虔な仏教徒でも何でもないのだけれど、いつだったかこのことを知り、以来自分の中でとても大切にしている。

スルーハイクをやっとこさ遂げた台風直後の信越トレイル。5日間の行程のうち、トレイル上ですれ違ったのは3人だけだった。終盤に差し掛かったセクション6の途中。今この瞬間、このトレイルにいるのは自分一人かもしれない、という妄想が頭を過る。そして考え直した。

「いや、この旅は“おかげさま”で埋め尽くされている。」

このスルーハイク計画、本当ならば2015年に実行するはずだったが、その年のゴールデンウィークに運悪く左脚を骨折+靭帯損傷してしまい、1年延期した。

骨折の程度は割と重めで、人工骨を埋め込む手術と1カ月間超の入院を要したが、偶然にも主治医と担当の理学療法士がトレランを嗜んでいて、カテゴリーは違えども同じ山/自然をフィールドに活動する者同士、山話に花が咲いたり、ハイキングにおいてより脚に負担のかからない歩き方など色々なアドバイスを与えてくれた。

退院直後、まだブレース(固定器具)も取れない状態で信越トレイルのトレイル開きに半ば無理やり出かけた。イベントのメインコンテンツであるハイキングには参加できなかったが、それを気の毒に思った当時の事務局員が、他の参加者たちをトレイルヘッドへ送迎する車に同乗させてくれ、彼らを見送った後に茶屋池(セクション4と5の起点、関田峠からほど近い)のあたりを少し散歩した。

ひんやりと湿った空気を肺いっぱいに吸い込み、来年ここへ戻ってくることを誓う。その時に生まれて初めて見たギンリョウソウの実物は、白を通り越して透き通っていた。

脚への負担を少しでも減らそうと、入院中に読み漁ったUL(ウルトラライト)関連の本を参考に、装備の軽量化も試みた(ここら辺の話はまた別に記事を書きたいと思う)。その界隈で有名な東京・三鷹にあるハイカーズデポへ行ってみたらたまたま店主の土屋氏が対応してくれ、軽量化のいろはをイチから熱く語ってくれた。心配は尽きないだろうがとにかく歩いてみれば色々とわかるから、まずはハイキングを楽しんでこい、と背中を押され、店を出た。

そして1年後、2016年のトレイル開きでようやく信越トレイル本線をハイク。目の当たりにした「1本の爪でひっかいたようなトレイル」はとてもよく整備されていて、他所から来たヒヨッコハイカーにとっても非常に歩きやすかった。信越トレイルの整備は基本的にボランティアの方々の力で成り立っているというから、ますます頭が上がらない。

このとき、偶然同じ班で歩いた女性参加者2人と馬が合い仲良くなった。妙高市から来ていた彼女たちとはその3か月後、スルーハイク中に再会した。2人がトレイルエンジェルとなって現れたのだ。雨の中を延々と来て寒かろうにと、温かいスープや笹ずし、甘酒などを持って駆け付けてくれた。

全く予期していなかったせいもあり、その心遣いがとても嬉しく、沁みた。ちなみに彼女たちはその後信越トレイルクラブの登録ガイドとなり、現在大活躍中である。

さらにこのトレイルマジックの舞台となったグリーンパル光原荘(現在は閉鎖中)。予定では併設テントサイトで3泊目を過ごすつもりでいたが、信越トレイルハイカーたちの間で評判になっていた「優しい管理人さん」が、例に漏れず建物の中に招き入れてくれ、そのご厚意に甘えた。熱いシャワーを浴び臭い下着を洗濯すると、一気に生き返った心地がした。

重ねてこの前日、セクション3の桂池テントサイトで予定していた2泊目は、急遽民宿泊に変更。初日から続いた雨と低温ですっかり身体が冷え、モチベーションはダダ下がり。それでもこのままリタイヤするのは悔しいから、どこか麓の宿に泊まってリセットしようと思い、ソブの池あたりでガイドブックに書かれていた戸狩観光協会に電話をかけた。

しかしその日は日曜日で応答なく途方に暮れる。しばらく思案し信越トレイルクラブ事務局に電話をかけてみると、当時の事務局長が相談に乗ってくれ、桂池はシェルターがあるからそこに逃げ込んでは、という提案をもらう。しかしどうにも気分の乗らないヘタレハイカーは宿の手配を懇願。事務局長は嫌な声ひとつ発さず、桂池から降ったすぐの信濃平にある唯一の民宿に予約を取って、迎えの車を寄こしてくれた。

宿に着くや温泉につかり、美味しい食事をたらふくいただく。切り盛りするご家族は突然の予約にも拘らず温かく迎えてくれ、食後の楽しい団らんのひとときも一緒に過ごさせてもらった。そのうちに事務局長が心配しわざわざ宿へ寄ってくれた。すっかり回復した様子を見て「よかったよかった」と笑顔で帰っていく彼の後ろ姿を見送りながら、感謝と申し訳なさで涙ぐんだのは秘密である。

自分の意志で歩くと決めた信越トレイルだが、あのとき彼らの助け無しに自分一人では決して歩き切れなかったと未だに思う。そしてそもそも、加藤則芳さんという存在を知り、彼の足跡を辿ってみようと思わなかったら、このような「人の恩」を受けることもなかった。

この80kmの道のりを通じ、加藤さんが訴え続けたロングディスタンスハイキングの魅力を一部、垣間見た気がする。それは道中に出会う、豊かな自然や地元の歴史文化であったり、そこに暮らす人々との交流ももちろん含まれる。

しかしそれ以上に、長い時間をかけて遠くまで歩こうとする中で、ハイカーはトレイルを愛し関わる人たちとの縁をより多く手にし、そのトレイルに対し愛着心を抱くようになる。そしていつか彼ら自身も何かの形でトレイルに関わるようになり、また新たな輪が広がっていく。そのことこそが、このクレイジーなアクティビティがもたらす大きな価値なのだと感じる。

チャっと行って帰ってくるフツーの旅行ではなかなか味わうことのできない、ディープな世界にどうやら足を突っ込んでしまったようだ。

(つづく)

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