ヒマラヤ徒然草第四回:頭上を飛ぶ戦闘機

ヒマラヤ徒然草

サラ村

渓谷に入って数日。サラ村までの間は、初日と変わらずほぼブラウン一色の世界が続いた。隠れるところも少なく、容赦なく日差しが照りつける中ひたすら歩くだけ。そんな状況で、一体何を書き記すのかという気分だが、この道中で一つだけ大きな出来事があった。

チリンを出発して3時間が経つ頃だっただろうか。何もない岩の谷の中で、明らかに自然の音ではない轟音が空から聞こえたのだ。突然のことで、一体何事かと皆が空を見上げた。すると、薄く広がっていたはずの雲にきれいに分かれ目が出来ており、その分け目の先端を見るとそこにはなんと戦闘機が飛んでいたのだ。一瞬の出来事だった。

どういう事情で飛行していたかは分からないが、この時の緊迫した軍事情勢下では珍しいことでもないのだろう。遠い僻地で、その原始的な様子を満喫していた矢先の戦闘機という出来事が「人とは一体何なのだろうか」という複雑な感情を私に抱かせた。

こんな美しい場所にも人の争いはあるのだ。先のカシミール紛争の前にも多くの戦乱が起きたこの土地は、いかにして天空の楽園と呼ばれるようになったのか・・・。

※雲の分かれ目。戦闘機が通過したあとを撮影。

サラ村に着いたのは昼を少し過ぎた頃で、これまた畑と民家が数軒という小さな村だった。民家にはタルチョというお決まりの形式。回想録第一回目にも出てくるこのタルチョというものは、チベットの五色の旗でお経が刻まれており、風になびくたびに一度読経したことになるという。ここらでは風の存在は大事なものなのか、故人の遺骨を高い峠から風に乗せて大地に還すという弔いの風習や、体全体で風の流れを感じて診療をする伝統医術も存在するそうだ。

村の中央を流れるマルカ川の両脇にはポプラが生い茂っていた。ポプラはラダック人にとっては重要な生活物資の一つで、ラダックの民家や古い寺院の建材は皆ポプラだという。この3600mの高山砂漠の谷底にポプラが生い茂るというのは本当に驚きだ。時に、ラダック人はこのポプラのことを「ユラー」と呼ぶそうだ。ゆらゆらと風に揺られる姿からそう名付けたのだろうか、真相は分からず。

私は荷物を置くと民家の陰で休んだ。日差しこそ物凄く強いが、涼しい風は絶えず流れている。気持ちがいい。隊の男性メンバーはすぐさま河原の方へと向かい、その数分後には楽しそうな叫び声が聞こえてきた。何事かと見に行けば、彼らは「グレイシャー・アイスバケツ・チャレンジ(氷河バケツチャレンジ)」と名付けてカンヤツェ山群の氷河から溶け出したてのキンキンに冷たいマルカ川の水をバケツで頭からかぶるというなんともアホ男らしいイベントを開催していたのだ。

ここらには風呂がなく、日中にかいた汗を流すにはこの手法しか思いつかなかったとのこと。私は1、2週間風呂に入らないことは慣れている上に、何よりあの冷たい氷水を自ら浴びようという気には全くならなかったため、傍観して笑いだけを貰っていた。戦闘機が飛ぶ空の下で暮らす少数民族とそこを見物する私たち。

幸せなのだろうか。

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