インド放浪記【2日目】

インド・バラナシの風

寒い。いま着れる服をほとんど着て横になっていたが、寒さで夜中に何度も起きた。夜の寝台列車は真昼の騒々しさとは反対に、澄み渡るような空気感だった。どんな環境でどんな文化で過ごしている人間も夜になるとみんな寝付くのだという当たり前な事実にふと安堵感を覚えた。

車内に朝の光が差し込んできた。ベッドをたたみ、イスに戻した後、窓際の空いている席に移動して外を眺めた。どこまでも続く荒野。ところどころに家が見える。いまどのあたりを走っているのだろうか。

私と対面の席に座っている、赤と金色のアクセサリーをした美しい女性も同じように窓際に肘をついて外を眺めている。手足の爪先まで丁寧に赤くマニキュアを塗っている。黒っぽく美しい肌にその色がよく似合う。彼女はいま何を考えているのだろうか。

電車の中では沢山の物語があった。人がいっきに乗ってきたので荷物をずらそうとしていたら、「荷物はそのままでいいから座っていなさい」と言ってくれた。お母さんの腕の中の女の子と目がずっと合ってしまい、気づいたら私はお母さんとも笑いあっていた。

ベッドを作るのを手伝ってくれた。電車の中では沢山の人とも話をした。とても温かい気持ちになった。ただ、一つ気づいたことがある。ほとんどの人は英語が話せない人たちだった。私は彼らのローカルな言語は話せない。しかし、不思議と私には完全な意思疎通ができていて、彼らと話したような感覚になっていた。人間の本能的な部分で話をしたのかもしれないと思った。旅をしているとこの現象がよく起こる。言語は意思の疎通の中でほんの少しの部分しか担っていないということを感じた。

昨晩、近くにいたおじさんが私に行先はどこなのか聞いてきた。「バラナシ」と答えると、明日着いたら教えてあげると言われた。そのおじさんがこっちを向いた。「ここがバラナシだよ」というようにコクコクとうなずいていた。電車は橋を渡った。外を見ると下にはバラナシを流れるガンジス川とバラナシの街が広がっていた。ついにここに来てしまった。バラナシに行きたくてインドに来たといっても過言ではない。ずっと行きたいと思っていた場所にとうとう来てしまった。感動で震えた。

バラナシの駅では沢山の人が地面で寝て過ごしていた。歩けないほどである。青い空が美しい晴天の日だった。街の中心まで離れていたので乗り物に乗ることにした。100ルピーで乗せてくれるというお兄さんの乗り物に乗った。バラナシの街は「色」であふれていた。電線が絡まり、看板が落ちかけ、鮮やかな商店が立ち並び、人々が四方八方から行きかっていた。道の真ん中で牛が寝そべっていた。野良犬が群れを成していた。様々な系統の顔をしたインドの人が、様々な身分の人が同じ街で暮らしていた。カオスな街だと思った。そこからにじみ出る人間のパワーを感じた。降りるときに、150ルピーといわれた。さっきと違うと怒った。「いや、インドプライスなんだよ」と笑われた。だまされたようで悔しくなって言い合っていると周りに人が集まってきた。しぶしぶ追加で50ルピーを渡した。そして彼は去っていった。

私の目からはポロポロと涙が出てきた。悔しかった。外国人だからとなめられているように感じた。それと同時に、50ルピーごときで言い合いをし、腹を立てている自分自身にも怒りがわいてきた。自分自身は心底くだらない人間だと思った。この国の人々は、自分に対してとてもフリーだった。他人の目を気にしすぎず、悪く言えば自分勝手に、よく言えば自分が思っているように行動できる彼らがうらやましくもあり同時に腹立たしくもあった。それがインドという国だった。

路地を歩いた。宿は特に決めていなかった。行き当たったところにしようと思っていた。途中にラッシー屋があって、朝食をとることにした。入り口は開いていたが、まだ準備はできていないようだった。路地に面した階段で待つことにした。何分待っただろうか。店主がよっこらせとやってきて、私の横でのんびりとラッシーを作り始めた。彼の、のんびりとした手つきを見ていると、さっきの苛立ちは消えてなくなっていった。インドとはそういう国だった。そして今までで一番おいしいと感じたラッシーだった。

宿を見つけた。コルカタからの長旅の疲れが押し寄せてきた。窓から入ってくるバラナシの風。その風に乗って鐘の音が聞こえてくる。これはどこかで話を聞いた火葬場の音だろうか。火葬場は、ガートと呼ばれる川に向かって作られた階段にある。私は、前からバラナシのガートに行きたいと思っていた。少し休んでガートに足を向けた。

混沌な街を抜け、ガンジス川に出た。川では、多くの人がものを売ったり洗濯をしたり沐浴したりしていた。赤い色をしたレンガ造りの建物が立ち並び、カラフルなサリーが風になびいていた。オレンジ色の花がたくさん売られていた。体を白く塗ったサドゥーが何かを吸ったり手を合わせたりしていた。彼らにとってはこの風景は日常なのだろう。異国から来た人間には、まるで違う星に来てしまったかのように感じられた。

奥で煙が上がっている。あそこが火葬場なのだろうか。火葬場に向かって歩き出すが、そこに近づいてきても周りの景色が一向に変化しない。沢山の人がどこでも変わらずに洗濯をしたり、ものを売ったり、沐浴したりしていた。子供たちが遊んでいた。日常の一部が死の世界にあまりにも近い場所にあった。横からオレンジ色の花が沢山乗っている白い布が運ばれてきた。それが組まれた木材の上に置かれると、周りの人間は慣れた手つきで布をとった。

布の中は人だった。そして、木材にも人にも油がかけられた。火が付くと、すぐに火で覆われた。私の目の前では今まさに火葬が行われていた。人が燃えていく。

呆然となりしばらく目が離せなかった。組まれた木材から足が出ていた。そして、ついにその足が崩れ落ちた。人が灰になる瞬間だった。

生と死は近いのかもしれない。生の反対は死ではないのかもしれない。私は当たり前のように明日生きていると勘違いしている、死を恐れている臆病者だ。精一杯生きて自然に還っていく。死が近い世界で生きている彼らが生々しく、はかなく、それでいてとても人間らしく感じられた。

翌日はボーっとした頭で沐浴の場所まで行った。ガンジス川に入った。ひんやりとした。奥ではずっと煙が立ち昇っていた。

数日バラナシで過ごした。その間、毎日ガートに出ては一人ボーっと過ごした。ガートではよく話しかけられた。日本人は働いて死ぬだけだろ?ここの人間は生きて死ぬんだ。と言われた。インドではごみを拾いそれを収入にしている人がいるから今のインドの世界ではごみは道端に捨てた方がいいというような話まで聞いた。何もかも衝撃で、いつしか善と悪の区別さえもなくなってきた。

次の旅先はアーグラにすることにした。荷物をまとめ、チケットをとり、アーグラ行きの寝台列車に乗り込んだ。

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