空と大地のあいまに 15

アウトドア

みちのく潮風トレイル 第14話 「思い出の岬」

小石浜から“恋し浜”と改名した駅の前で、移住者の若者達と出会いました。特産品のホタテをネットで販売したり、観光案内などの事業を行なっているそうです。キラキラ輝く瞳たちに囲まれて励まされて、いい気分で綾里半島へと向かいました。

誰も住んでいない半島の外周を回る未舗装路に入ると、予想外にも軽トラが数台、私を追い越しました。山菜採りのようです。

歩き進むと、綾里岬を見下ろす展望所にも軽トラが1台停車していました。ちょっと迷ったけれど、荷物を置いて灯台を見に行きました。急な下り坂をどんどん降りて、辿り着いた灯台周辺は草ぼうぼうで、廃墟感が漂う場所でした。そして案の定、マダニが服にまとわりついてきました。

急斜面を登り返して展望所に戻り、一息ついていた所に、カブに乗った男性が現れました。

「山菜ですか?」「いいえ、みちのく潮風トレイルを歩いています。」「ほおー、女性1人で歩いてるのかい、凄いなあ」「いやあ、のんびりですから。」

そんな会話を交わしているうちに、話はお孫さんの事やら昔話へとどんどん脱線していきました。おじさんは若い頃、綾里半島にある気象庁の観測所で働いていて、ふと懐かしくなって再訪してみようと思い立ち、休日にバイクで来たんだとか。毎日通っていた道をゆっくり走り、思い出に浸りながら半島を1周中でした。

草ぼうぼう半島の割にしっかりした道がついているのは、かつて観測所の人々や、牧場の関係者などが往来していたからなのですね。


ずいぶん長くおしゃべりしたので、日没間近になってしまいました。おじさんは「町に降りたらウチの店に寄ってよ、美味しいコーヒーを入れるから。」と言って走り去りました。ひとり残された私は、展望台横のスペースにテントを張りました。地面が非常に固く、石で打ち込んだペグが曲がってしまいました。

その晩は突風が吹き荒れ、テントがバタバタと鳴り続けました。熟睡できないまま、未明にはクロツグミが頭上で鳴き始めました。この早起き鳥の朗らかな歌声は寝坊を許してくれません。早々に撤収して、元牧場が今では鹿だらけになった草地を通り抜け、伐採地の作業道を降りて、綾里の町に出ました。

商店街の酒屋さんを覗くと、昨日の男性がカウンターでパンを頬張っていらっしゃいました。私の姿を見つけると、食べかけのパンを脇に置いて、笑顔で飛び出してきてくれました。

座って。と促されて待っていると、息子さんの奥様がパンを持ってきてくれました。戻ってきたおじさんがお嫁さんに向かって私のことを「ヒッチハイカーが歩いてきてくれたよ。」と、なかなかの言い間違いをして説明するので、お嫁さんと私は思わず吹き出したり、サイフォンで丁寧に入れてくれたコーヒーをゆっくり味わいながらの、楽しい朝となりました。

「そろそろ行きます。今日は大船渡まで歩くので。」と立ち上がると、丁度配達から帰ってこられた息子さんと小学生のお孫さんも出てきて、みんなに手を振られて笑顔で歩き出しました。


鳥たちが囀り交わす綾里峠を越えて、林の向こうに大船渡の町が見えてくると、今度は賑やかな祭りのお囃子が聞こえてきました。気分がざわついて、自然と足が早まります。

炎天下の車道を必死で歩いて、ようやく町に入る頃には祭りは終わり、私は完全にバテていました。その晩はビジネスホテルに泊まって、昨夜の睡眠不足を補うべく空調の効いた部屋でぐっすり眠りました。

翌朝、大船渡漁港の周りにはまだ祭りの気配が残っていました。夢から醒めたばかりの風景の中、ホヤの水揚げ風景を眺めていると不思議な気持ちになりました。

都会で暮らしているとき、日常と非日常のコントラストがあまり感じられませんでした。ただ正体不明の忙しさに追われて過ぎゆく平日と、疲れ果て眠るだけの週末の繰り返しでした。気がついたら今年も終わってしまった、そんな悔しさが積み重なってゆく。だから歩きに来たのかも知れません。

もし私にも祭りのような熱狂のひとときがあったとしたら、淡々とした日常ですら、数十年後に振り返ってその足跡を辿ってみたいと思うのだろうか。

妄想していると、私にとって非日常であるこの一瞬が愛おしく思えて、ニヤニヤしてしまうのでした。

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