空と大地のあいまに 12

アウトドア

みちのく潮風トレイル 第11話 「ハイカーの性」

うっかりしていました、鵜住居のコンビニで食料を補給すべきでした。この先、やたら長い箱崎半島と旧陸前浜街道の鳥谷坂を越えて釜石市の中心に入るまで、お店がありません。それに気がついたのは、箱崎半島の入り口にある旅館を通り過ぎた後でした。少し考えた結果、戻らずそのまま進むことにしました。おやつを我慢すれば、何とか足りそうです。

細長い半島の長い長い車道を歩き、白浜の集落からさらに先へ進もうとしていた時、漁港前にたむろしている地元の人々と出会いました。挨拶をするといつものごとく、何をしているのか、どこへ行くのかを尋ねられました。「これから御箱崎へ行き、半島を回って両石から釜石に向けて歩きます。途中のどこかでキャンプします。」すると案の定、「クマがいるぞー!」と脅されました。ここ数日ずっと親子のクマが道路の側にいるそうです。

地元の皆様方は、私を放置したままヤイヤイ話し合った末に、親分肌のおじさんが膝を叩いて立ち上がり、「ヨシッ、送るぞ。」と軽トラのドアを開けて乗るように促しました。「灯台まで連れて行ってくるわ。」問答無用に私を軽トラに乗せると半島の道路を爆走し、御箱崎入口の駐車場も通り過ぎ、未舗装の参拝路をどんどん進みました。

そして鳥居を潜って神社の脇に停車し、車を降りました。「そこならテント張れるだろう。」と空き地を指さして、祭りのために新しく修復したばかりの鳥居の説明をしてくれて、灯台の周りでワラビを少々収穫してから「海釣りに行く時はウチの船をよろしく。」と名刺を渡して去って行きました。

翌日は、まだ先の長い箱崎半島の下半分を歩きます。朝の光が美しく、瑞々しい新緑の向こうで様々な鳥たちが囀っていました。くねくねと続く未舗装道路はアップダウンもあり、意外と消耗するものです。仮宿という集落に差し掛かるころ、お腹の虫が騒ぎ始めました。

しかし既におやつが底をついています。

その時、道の前方を歩くおばあちゃんの後ろ姿を見つけて、思わずニンマリしました。

元気な声で挨拶をすると、おばあちゃんは立ち止まり、ゆっくり振り返りました。お決まりのやり取りの後、私が「こんな急な坂道を毎日歩くなんて、お元気ですね!」と言えば、おばあちゃんは笑顔になって「うちでお茶していきなさい。」となります。心の中でガッツポーズです。

急斜面に建つおばあちゃんの家は、津波が目の前まで来たけれど無事だったそうです。美しい港を見下ろす窓際で、カップラーメンとメカブを勧められ、遠慮なく頂きました。おばあちゃんが茹でたメカブは緑色が鮮やかで、今までで最も美味しい海藻料理でした。そして何よりも、おばあちゃんとのおしゃべりが楽しくて、気がつくと2時間も過ぎていました。

また来るね。と言って出発し、箱崎半島を歩き終えて両石に到着しました。トイレを借りるつもりで三陸鉄道の両石駅に立ち寄ると、なんとトイレがありませんでした。がっかりして戻ると、目の前の民家の庭で作業中の造園屋さんが、ちょうどご主人からお茶に呼ばれているところでした。

挨拶をしたついでに「トイレをお借りできますか?」と尋ねると、快く招き入れて下さいました。お礼を言って出ようとすると、ご主人がコーヒーとお菓子を持ってきてくれて、「休憩して行きなさい。」

造園屋さん達との輪に入り、また楽しい時間を過ごしました。「今夜は水鳥公園でテントを張るつもりです。」「あそこはクマが出るぞー!」。ハイカーを見るとみんな楽しそうにクマクマおっしゃいます。

「尾崎のキャンプ場まで送るよ。」と言ってくださるのを「ルートから離れているので。」と丁重にお断りして立ち上がると、ご主人が手のひら一杯のお菓子を渡してくれました。なんと釜石まで歩くのに十分な量のお菓子を手に入れてしまいました。心の中でムフフです。

長い間、歩いて旅をしていると、次第に好意を受けることに慣れてしまいがちです。受け取るばかりで私からは何も返せていないと凹むこともあります。汚れたなあ、と。でも、私をもてなしてくれた仮宿のおばあちゃんは、2時間ほどの非日常を楽しんで下さっていたように見えました。民家のご主人と造園屋さんも、ちょっとしたネタとして笑ってくれたことでしょう。船長さんも、決して面倒そうな顔ではなかったと思います。

最初のうちは亡霊のように日常の傍らを通り過ぎている気分だったけれど、地元の人々と接するうちに、少しずつ実体のある人間性を取り戻してきたような気がしていました。身一つで歩くハイカーだから、出会う人も素顔で接してくれて、お互いの中にお金ではない何かが交換されていると信じたい。

そしていつか必ず、私から何か少しでも還元しよう。そう思えるのが歩き旅の良さなんだ。と、勝手にほっこり気分で浮かれるハイカー・トラッシュ(ゴミのように小汚いハイカー)なのでした。

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