山に登ることは登山口までのアクセスを含め、なかなか重労働のはずなのに、登ったあとに体重が減った試しはありません。(逆に増えていることがほとんど…)流した汗は道中や山頂で補給した甘いお菓子、温かい飲み物、登山後の乾杯の一杯等でしっかり補充されるようで、自然の中で過ごした達成感や爽快感とともに翌日の身体になります。
山に登ることは普段使っていない筋肉や汗腺を一気に動かすことでもあります。登りだして30分は呼吸も地上の仕様になっているせいか、しばらくは苦しく、足運びも重く感じます。脇の下や、腰回り、背中、太ももの裏、ふくらはぎ…。ここしばらくの生活習慣と身心の状態を、意識する時間です。思いのほか右肩が凝っているなぁなんて気づいたり、仕事のことを思い出したり、まだ身体も心も地上と山の間を行ったり来たりしています。その時間帯を過ぎると重い登山靴も脚に馴染み、身体も芯から温まり、山に来た、と開放感を感じ始めます。早起きの労もふっ飛び、しみじみとここまで来てよかったと感じる瞬間です。
覚えている最初の登山の思い出は、小学生の時に行った白山です。開けた登山道に華麗に咲くお花たち、極楽浄土への道があるならこんな感じかもと思わせる弥陀ヶ原の木道、日陰に入れば溶けずに残った雪で斜面が覆われて、多様な顔を見せる白山の美しさは子ども心にも印象的でした。ご来光までの明け方の道で、温まるからと少しだけなめさせてもらったブランデー、雪を溶かして飲んだコーヒーなども忘れがたく、大人がくれたサプライズは時に一生の宝物になるのだとしみじみ思います。
【白山弥陀ヶ原の木道】
私の両親は40歳を過ぎたころから登山を趣味にして、在住の北陸からあちこちの山へ登っていました。ただ実家住まいだったその頃の私は、登山に興味はなく、ほとんど一緒に登った記憶はありません。けれど父が教えてくれた「歩みの中で休む」、「休みながら歩む」という歩き方は登山に限らず、日常生活で階段を登るなどの動作の中でも実践していたりすることがあります。
趣味のひとつに「登山」と言うようになったのは20代後半頃からでした。飲み会で知りあった元登山部(小メモ:名前に「山」が入っている方でした)の人が、じゃあ行ってみようかと勢いでその場のメンバーで行ったのがきっかけでした。秦野駅から浅間台~八国見山~頭高山~三角点を縦走するコースで、低山ながら距離はそれなりにあり、一日がかりの登行となりました。標高500mにも満たない低山は、初夏とも言える5月後半の季節には暑く、たくさんの汗をかきました。ジーパンに普通のスニーカーという服装で、登山の基本からは外れたものだったのにも関わらず、一緒に行った友人と自然の中を歩く爽快感の虜になり、それからゆるいながらも私の登山人生は始まりました。
山に登る理由はそれぞれにあると思います。運動不足を解消したい、高山植物が好き、絶景が見たい、きっかけはどうであれ、登山は人生において自分のペースで長く続けられる趣味です。私が始めた頃に山で会う方々は、年上の方の方が圧倒的に多かったです。地上では30代がせまり、追い立てられている?のに、山の中ではまだまだ年少者だなと感じることが多くありました。
お気に入りの高山植物があるという人もいるかもしれませんね。私が少し前に調べて気になったのが、岩場の隙間などで目にすることができる「岩爪草(イワツメクサ)」です。ナデシコ科ハコベ属の植物で、本州中部に分布し、その名の通り岩場の隅に張り付くように生息しています。低地で見られるハコベの葉が一般的に卵型の形をしているのに対して、細くとがった線状の葉が特徴的です。高地の強風にあおられる過酷な自然環境の中、逆らわず流れるように受け流そうと環境に適応した姿です。まばらに咲くので一見ひ弱さを感じさせますが、生息範囲は広く、富士山頂でも見られるほどの強さも持ち合わせています。
同じハコベの仲間でも少し下って、野山や里山で目にすることができるのが「深山(ミヤマ)ハコベ」です。深山と名が付いていますが、それほど高地でないところに生息しているハコベです。関東では人気の低山で知られる高尾山の博物館『TAKAO599MUSEUM』のホームページでは、高尾山で観察できる植物のひとつとして紹介されています。多種よりも少し大きめの花は、上に向いて咲くため、ハコベの特徴のひとつである先端でふたつに分かれた花びらを観察するのにも適しています。
このハコベ、お正月明けに食べる七草粥のひとつとしても知られていますね。(ハコベラと呼ばれることが多い)高山に咲く種が7、8月の夏に開花するのに対して、2月から5月頃の春先、河原や道端などに白く小さな花をいっぱいつけて可憐に咲きます。ハコベは食用の他、薬用効果でも知られています。地上では身近な効能高い野草として、高地では環境に適応して生きるハコベの特質を知ると、たくましさや面白さを感じます。
【春の七草】
【イワツメクサ】
ひとつひとつの山には登ってきた人や植物や自然の歴史があります。山で目にした花や土地の名前を知り、ルーツや文化をたどり、言葉にして、次に登る人に繋げられたら素敵なことだと思います。
「歩みの中で休む」、「休みながら歩む」という教えは、苦しいときに私が意識する言葉です。人生後半を意識する年齢になって、まだまだ登る楽しみがあることに、細々ながら続けてきて良かったなと思います。すごい登山家ではありませんし、体力も人並みです。ひとつでも有益な情報を与えられるように、楽しく、登山をする喜びを伝えていけたらと思います。
※参考サイト
『TAKAO599MUSEUM』
『富士登山オフィシャルサイト』
※参考著書:山草図鑑 (別冊趣味の山野草) ムック /栃の葉書房出版
山草図鑑 (別冊趣味の山野草) ムック
【 この記事を書いている人 】
&Green 公式ライター
20代後半に連れて行ってもらった低山縦走コースで登山の楽しさに目覚める。一時期体調を崩したが、数年前から関東近辺の低山中心に日帰り登山を楽しむ。コーヒーが大好き。人生後半の暮らし方についてトライアンドエラーの日々。