空と大地のあいまに 14

アウトドア

みちのく潮風トレイル 第13話 「潮目」

鍬台峠の手前で、思わず立ち止まりました。三陸浜街道の、かつての峠道の雰囲気が残る石積みと美しい広葉樹の森が、雨上がりの霧に煙っていて、タイムスリップした夢を見ているようでした。

峠を越えると急になだらかな地形となり、人の痕跡のあるアカマツの疎らな林になっていました。所々に沢が流れる平坦地は踏み跡も不鮮明で、うっかりすると迷いそうになります。生活の道だった時代のことを想像していると、ここで野営せずに先へ進むことが勿体無く思えました。

吉浜の集落へ降りて、次の羅生峠へと続く未舗装路を歩いてゆくと、背後から軽トラがやってきました。「鍬台を歩いたの?クマに会わなかった?大丈夫?」と、役場の男性に声をかけられて、少しおしゃべりしました。「鍬台峠はクマの巣だあ!あんなところを歩いて通らせるなんて、無謀だと思うんだよね。」と心配されて急かされて、それでものんびり歩いて越喜来(おきらい)の町へ向いました。

集落の外れの道路を下ってゆくと、十字路に人を探している風の男性が立っていました。背後から私が声をかけるとコントのように「わあっ!」と飛び上がって振り返り「びっくりしたなー、あんたどこへ行くのかい?俺の兄貴があんたみたいな旅人が好きでね、捕まえてきては小屋に泊めたりするんだ。行ってみるといいよ。」そういうと、待っていた人を見つけたようで、おーい。と大きく手を振りながら去ってしまいました。

その“小屋”の噂は、何度か聞いていました。なんでも震災の時に出来た仮設の床屋があり、今はそこに旅人を泊まらせてくれるとか、その管理人さんがすごく面白い人だとか、とにかく絶対行くべき所らしいのです。しかし詳細な情報ではなく、越喜来にあるとしか知りません。

びっくり屋の男性は、行けばわかるから。とみんなと同じことを言いました。仕方なく坂道を降りて三陸鉄道三陸駅の方に歩いてゆくと、確かにそれはありました。とにかく派手なペイントが施された小屋がいくつか建っていて、誰でも入れるよう扉の鍵は開いていました。

ひとまず小屋に荷物を下ろし、なぜか飾りっぱなしのクリスマスツリーや、壁に貼ってある写真などを眺めていると、ドアが開き、先ほど出会った男性とそっくりな、少し年上のおじさんが現れました。慌てて「みちのく潮風トレイルを歩いています。今夜ここに泊まってもいいですか?」と挨拶すると、「何泊する?後でその辺を案内するから。」「??」

その人が、噂の「ワイチさん」でした。

私が一息ついたタイミングを見計らったように、ワイチさんは再び小屋にやって来ました。なんと隣がご自宅なのでした。私を連れ出すと、越喜来の名物“大王杉”を案内してくれて、そこから見下ろす“ど根性ポプラ”についての説明を聞きました。「陸前高田の一本松は枯れたけど、これは生きている。本物だ!」

それから小屋に戻って、この場所についての説明を聞きました。震災当時、大船渡にあった仮設の床屋が役目を終えた後、ワイチさんが引き取ってここに設置し、越喜来小学校の渡り廊下や瓦礫も組み合わせて“潮目”という資料館を作られたそうです。お話を聞いているところに、またそっくりな笑顔の人、今度は女性が、入って来られました。妹さんでした。

「この三陸沖では暖流と寒流がぶつかって潮目をつくり、豊かな漁場となっている。一方、陸では人と人とが行き交い、ここで出会って何かが生まれる。人が作る潮目、そんな場所にしたいから『潮目』と名付けたんだ。」

なんて素敵な言葉でしょう。今、私も人の潮の一つとなってここに流れ着き、片山一家と向き合って笑っているのです。何かが生まれないはずがありません。潮目の渦にはまっているのだな。と思うとワクワクしました。

小屋で目覚めた朝、外で顔を洗っていると、またタイミング良くワイチさんが現れました。「夏虫山に行く時間はあるかい?」それがどこなのかも分からぬまま、車に乗りました。しばらく内陸に向けて走ってから狭い車道をぐるぐる登り、高原の放牧場のような所に到着しました。広々とした草地を少し歩き、見晴らしのいい草の上で寝転びました。遮るものが何も無く、風が心地良い場所でした。ここは震災前まで牧場だったけれど、原発の風評被害でやめてしまったのだそうです。

ワイチさんは、眼下に広がるリアス式の海岸線を一つ一つ指さして、あれは首崎(こうべざき)、脚崎(すねざき)、あっちは死骨崎(しこつざき)、と話してくれます。何やらおどろおどろしい響きの地名は、鬼退治の伝説が関係しているようだ、とか。

時間があれば首崎へ行くといい、歩くと丁度1日で周れるよ。と言われましたが、それは次回の楽しみに取っておくことにしました。また来るための口実を作るために、何か少し残しておくのが私のやり方でもあります。

潮目に帰って少し休んだあと、ワイチさん一家に見送られて名残惜しく歩き始めました。しかし、数日後にまた、ここに戻ってくることになるのでした。どうやらここは、沼のようでもあります。なかなか抜け出せない、いや抜け出したくなくなる場所なのです。

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