空と大地のあいまに 09

アウトドア

みちのく潮風トレイル 第8話 「前を向く」

重茂半島の川代集落の外れで、宮古市から下閉伊郡山田町へと入りました。トレイルルートはヘアピンカーブの車道をショートカットするように急斜面に付けられていて、落ち葉に膝まで埋もれながら登りました。

私が歩いた当時、トレイルのこの区間はまだ未開通で、人の通った痕跡はほとんどありませんでした。古い峠道の“寺地越”も未整備で、沢沿いの霜柱で足を濡らしながら駆け降りると、浜川目の工事現場に出ました。ちょうど高齢のご夫婦が散歩をしているところに、突然私が現れたので、驚かせてしまいました。

少し立ち話をして、お二人は、元は向かいの船越半島に住んでいたけれど、津波で家を流され、最近仮設住宅を出てこちらに引っ越して来られたことを聞きました。トレイルを歩き始めて以来、震災で家を無くされたご本人とお話をするのは初めてでした。

山田湾はとても穏やかで、牡蠣の養殖筏が並び、ニュースで見たあの光景を想像することはできません。しかし海岸近くの陸地は全て工事中で、無機質なコンクリートの防潮堤に覆われようとしていました。それでも新築の家の庭にイルミネーションが輝き、ここで暮らす人々の希望が灯っていました。

元日の夜は山田のビジネスホテルで1泊し、翌朝、船越半島に入りました。立派な大浦漁港で休憩した後、いざ霞露ヶ岳(かろがたけ)へ!と意気込んで立ち上がった時、背後から車のクラクションが鳴り、声が掛かりました。いかにも人の良さそうなおじさんは訛りが強く、よくわからないけれど、大方こんな内容と推測されます。

「その先の山道は荒れていて危険だ、つい先日も男の人がドロドロになって降りてきた。途中の登山口まで車で送るから乗りなさい。」

真剣な口調に、素直に従い車に乗りました。するとおじさんは、山に向けて車を走らせながら、この辺りのことを話してくれました。峠を越えると携帯の電波が無くなる。その先には今も2軒の家があり、そのうち1軒には高齢の母娘が住んでいる。クマが漬物の樽を盗みに来る。クマを狩りに行った猟師がクマ避けスプレーを試しに発射したところ、噴出口が風上を向いていたために自分の顔に浴びて悶絶したそうな。という笑い話…

話に夢中になり、気がつくとなぜか海岸に着いていました。おじさんは「霞露ヶ岳から降りたらここに出るから、その辺りでテントを張るといい。」と言って沢のある場所を私に教えてから、「じゃ、登山口行ぐか」と再び車を走らせました。なんと下山後の案内をしてくれたのでした。

それから登山口に着き、電話番号を教えられ、お礼を言って別れました。

「霞露ヶ岳は良い山だ、山頂からは遠野まで見える。」というおじさんの言葉通りでした。冬枯れていてもなお美しいブナ林から、断崖沿いのアカマツ林を経て、漉磯(すくいそ)海岸に降りました。目の前は太平洋。真っ青な空と海を眺めながらの幸せなランチタイムです。テントを張るには早すぎたので、もう少し歩くことにしました。

この日の夕方、おじさんが私を心配して様子を見に来てくれていたことは、後で知りました。

翌朝、小谷鳥の集落を通り過ぎ、牛転(うしころばし)峠に向かって歩いていると、軽トラがやってきました。狩猟装備の男性に「どこさ行くの?」と聞かれたので説明すると、「クマが出るぞ」と引き止められます。大丈夫です、鈴も持ってます。と言っても笑って心配されます。ひとまず「気をつけて」と言って去っていきましたが、あの人、戻ってくるだろうな。という予感通り、いくらも行かないうちに軽トラは戻ってきました。私に缶コーヒーを2本渡してくれて、「くれぐれも気をつけてね」と何度も後ろを振り返りながら帰っていきました。

牛転峠からの尾根道は、皆伐されていて見晴らし抜群でした。しかし立ち止まってよく眺めると、実は震災時の山火事跡であることに気がつきました。立ち枯れたアカマツは、その時の名残のようです。被災現場であるが故に絶景が楽しめることに、複雑な気持ちになります。

山田船越駅まで来て、ようやく安定した電波が入りました。霞露ヶ岳のおじさんに電話すると、昨夜は私が漉磯海岸に居なかったので心配していたようでした。「気になって孫と一緒に見に行ったんだよ」と言われて、恐縮してしまいました。昨日の会話から察するに、おじさんは恐らく震災で家を無くされて、まだ仮設住宅に住んでいるのではないか、という気がしました。自らも大変なはずなのに、訪れる旅人を心配してくれるなんて。その優しさが深く心に沁みました。

浜川目で出会ったお二人は、前を向く。という表現をされていました。その後も続く日常を生きてゆくしかない。前を向かざるを得ない。という状況は、私の想像をはるかに超えています。

でも都会で揉みくちゃにされながら日々を生き延びている私たちも同じかもね。とは、言い過ぎでしょうか。たとえ後ろを振り返りつつでも、一歩ずつ前に歩み続けるだけなんだ。そう思えば、何があっても乗り越えられそうな気がしました。

船越の道の駅で、山田の牡蠣が乗ったうどんを食べて、年末年始のセクションハイキングは終わりました。重茂半島と船越半島という難しい区間にて、自然の豊かさと厳しさ、そしてそこで暮らす人々の優しさと強さが心に残る5日間でした。

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