空と大地のあいまに 19

アウトドア

みちのく潮風トレイル 第18話 誰かの夢をのせて行け

歩き始める前から後悔しました。気仙沼駅に降りた時、お手本のようなゲリラ豪雨が暴れていました。

そもそも真夏は、みちのく潮風トレイルを歩くのに適していません。しかし連続休暇を取りにくい勤め人にとって、お盆休みは貴重なチャンスなので、ぎゅうぎゅう詰めの新幹線に乗ってやって来たのでした。

BRTに乗り換えて唐桑大沢駅に到着する頃には、雨は上がり真夏の灼熱の太陽が照りつけていました。さっそく日傘をさして歩き始めました。

国道の上り坂をほんの少し歩いたところで東屋を見つけ、早くも休憩しました。こんなのはハイキングではない、苦行だ!と心の奥から愚痴が湧いてきます。涼を求めて立ち寄ったスーパーで果物を物色していると、外から町内放送が聞こえてきました。「クマが、出ました。ご注意、ください。」

やがて景色が開けると気分が乗ってきました。唐桑半島は美しい所だと聞いて、楽しみにしていたのです。巨釜、半造といった岩の見所をめぐり、ヒグラシの大合唱に包まれ、夏草が生い茂る遊歩道を通って御崎野営場に到着すると、キャンパー達が大音量で音楽を鳴らし、はしゃいでいました。

管理人さんは、「下の方の静かな場所を使いなさい。」と言って、下の炊事場を開けてくれました。このキャンプ場は波の音と風が心地良く、気に入りました。深夜までの大騒ぎが無ければ更によろしいのですが、仕方ありません。

翌朝は、唐桑半島の先端から付け根まで周り、舞根湾のほとりから気仙沼大島方面に向かいます。くねくねと登り続ける車道は見通しが悪く、メマトイが顔にまとわり付き、決して楽しい道のりではありませんでした。肩に食い込むバックパックの重量が身に染みます。

うつむいて黙々と歩いていると、唐突に過去の記憶がよみがえる事がよくあります。この時も学生時代の友達Rちゃんを思い出していました。一緒にたくさん旅をしようねと話していたのに、一度しか叶わなかった旅のこと。南国の火山島で、炎天下を何時間もハイキングして緑の砂のビーチに行って、いっぱい写真を撮って遊んだな。

旅をすること自体には決して難しいスキルは必要なく、誰にだってできるけれど、実際に誰にでもできる訳ではないんだと、大人になって知りました。旅をするには時間とお金と、体力や気力。つまり余裕が必要です。長い旅ともなれば、よほどの渇望が無ければ実現は難しいものです。

私はとても恵まれていたから、こうして行けている。でもこの世にはどんなに望んでも行けない人がたくさんいて、それぞれの場所で遠い夢を見ているんだ。歩いている私を見た誰かが、叶わなかった夢を私の姿に重ねているのかも知れない。旅が長くなるにつれて、誰かの夢が背中に少しづつ積み重なって肩の痛みになるけれど、旅人はそれをエネルギーに替えて歩いているんだよ。

したたり落ちる汗が、私の頭の中をおかしなテンションにしていたようです。集落に出て階段を登ると、新しくできたばかりの気仙沼大橋へと道が延びていました。別名鶴亀大橋と呼ばれる、白く輝く美しい橋を渡って気仙沼大島に入りました。

震災の時に、津波が島の真ん中を横断し南北に一時分断されたという大島は、大規模な工事が進んでいました。そのためか遊歩道の整備は後回しになっており、龍舞崎から小田ノ浜までの遊歩道は通行止めでした。それに気づかず侵入した私は、途中から草ぼうぼうになり、やがて歩道の真ん中に若木が生えていたり、どんどん道が消失してゆくのを不審に思い、ようやくスマホを取り出してみちのくトレイルクラブのホームページを開き、知ったのでした。

その晩は、亀山の山頂広場にテントを張りました。ここでは一晩中、押し寄せる蚊との戦いとなりました。いくら退治してもツェルトの隙間から補充が入ってくるのです。蒸し暑いのに寝袋にすっぽり入り顔だけ出して寝たので、顔ばかり集中的に刺されてしまいました。雨も降って散々な夜でした。

翌朝は雨が止み、山頂から大島や気仙沼湾の全体像を眺めることができました。しかしどんよりした空のせいか、明るい未来よりも暗い過去を想像してしまいました。美しい風景よりも、復興の遅れが目についてしまうのです。

唐桑半島と気仙沼大島、長い道のりの中ではうまく行かない日もあります。でも私はたった一人で歩いているんじゃない、誰かが陰で支えてくれている。時にはそれを重荷に感じることもあるけれど。

いつか気候の良い時期にもう一度来よう。と心に誓いました。

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