2021/9/26 Day2 桂池→ グリーンパル光高荘
雨音で起きた。最悪な目覚めだ。もう少しシュラフにくるまっていれば止むだろうな、なんて考えていたが、だんだんひどい雨に変わり、おまけに近くで雷も鳴りだした。たまらなくなって、中身を整理し、テントごと抱えて設営されていたコンクリートシェルターに逃げ込んだ。他のハイカーもコンクリートシェルターの中で暖をとっていたのでご一緒させてもらった。このような設備は本当にありがたい。中にはトレイルエンジェルさん(様々な形でトレイルの利用者をサポートしてくださる方々のこと。水の配布や食料の提供、トイレや宿泊施設の貸し出しをしてくださる。彼らのおかげでハイカーはトレイルを歩けているといっても過言ではない。)からの水の差し入れがあった。雑記帳も置いてあったので一言書いておいた。
シェルターの中でパンを食べ、コーヒーを飲んだ。パンは、日持ちするように家でラスク状に加工してきたのでコーヒーの中に浸して食べると相性抜群である。トイレはボロボロだったがトレイル上にあるだけでありがたい。以前歩いたアメリカのジョンミューアトレイルには人工物そのものがほとんどなかった。
出発の準備はできていたので、あとはコーヒーを片手に、雨が弱くなるのを待った。
同じ工程だった男の人は強い雨の中、先に出ていった。私はなかなか出発する気が起こらず、ボーっと待っていた。しかし、一向に天気が回復しない。私も意を決して出発することにした。
桂池を出てからは平坦な草地歩きが続いた。強い雨が草に当たり、跳ね返ってくるのですぐに靴がびしょびしょになった。登山靴だと雨の日に有利だとは思うが、一度濡れてしまったら乾くまで時間がかかる。私はアメリカでの経験から、中が濡れても乾きやすいランニングシューズで歩くのが好きだ。最初の分岐でどちらに行くのかわからず、地図とコンパスとGPSを駆使して何とか進むことができた。
北に向かっている一本道を歩いているはずだったが、方向感覚が鈍ってしまったのだろうか。ぐるっと回って逆方向に歩いているような気がして、何度もGPSを確認した。太陽が出ていない雨の日の山は怖いと思った。周りで聞こえるのは強い雨の音だけ。
途中、沢を渡る箇所が数か所あった。前日からの大雨で沢は大きくうねりをあげている川のようになっていた。普段はトレッキングポールを持っていないが、沢や川を渡るときのために軽いものを買うべきかもしれないと、この時初めて思った。何とか顔を出している石の上を渡り、雨の森を進んだ。
同じ工程の男の人に追いついてしまった。せっかくなので、一緒に歩いた。少し年上くらいかと思ったがものすごく年上の方だった。仕事のこと、生活のこと、以前やっていたことなど前から知り合いだったかのように話した。ソロのハイカー同士というのは不思議と息が合うように思う。お互い不安と少しの焦りとこの先への期待を自分だけの中に抱いて歩いている。同じような人間が、何もない森の中でふと現れると、そこに温かみを濃く感じるのだろう。友達でも家族でも恋人でもない、同士のような特別な存在になるのだ。傾斜の強い山を登っていたが、不思議と楽に、楽しく歩くことができた。
スキー場に出た。山の中から出て、濃い霧の向こうに人工物が現れると、もしかしたら幻を見ているのではないかという気分になった。ここから少し、スキー場の急なゲレンデを歩いた。濃い霧はずっと続き、果てしない道がずっと続いているかのように思った。ここで一度彼とはお別れし、私は一人先を行った。
小沢峠の近くは切り立った尾根が続いていた。頭上の木々を避けながら、ぬかるんだ道を進んだ。小沢峠に出ると、広いスペースがあったので一度休憩をした。雨はしとしと雨に変わってきた。
その後、前後左右ブナの巨木に囲まれた。濃い霧の中で、ブナが静かに立って待っているようだった。ブナに見られている気持ちになった。雨はブナに遮られ、私まで届かなかった。呼吸をするたびに、肺の中に冷たく湿った空気が入ってきた。幻想的な不思議な空間だった。
その後は急斜面を登ったり下ったりを繰り返しながら、鍋倉山や黒倉山に登った。周りの景色は何も見えず、ひたすら濃い霧に包まれていた。何メートルか先に動物がいても気が付かないような気がした。
黒倉山を越えると、木のトンネルのような道が続いていた。雪が多く降る土地だからか、木々が根元からぐにゃりと曲がってる。魔法の世界に来てしまったようだった。途中、池があったのだが、雨が強くなってきたので寄り道せずに進んだ。
関田峠に着いた。ここはかつて信濃と越後を隔てる関所があったとされ、上杉謙信も通ったといわれている。車も通る峠であり、一回アスファルトをまたぎ、もう一度霧の森に入った。昨日歩きすぎたのだろうか。左足の土踏まずあたりを痛めてしまった。早くキャンプ場に着きたかった。
この日はグリーンパル光原荘の光ヶ原高原キャンプ場に泊まる予定だった。キャンプ場方面に分岐を曲がり、滑りやすい急坂を下った。雨はまたどんどんと激しくなってきた。レインウェアの中に雨がしみ込んできた。ザックは上から下まで濡れた。
ようやくキャンプ場に着いた。風が強く、手がかじかんだ。とりあえずお金を払わなければと思い、受付に向かった。するとおじいさんが出てきて、「お疲れ様、お金は後でいいからまず入って。ヒーターがあるからその前で全部乾かして、シャワーも入りなさい」と優しく迎えてくださった。本当はキャンプ場に行く予定だったが、お言葉に甘えて中で休ませてもらうことにした。冷えた体に中の暖かさが染みた。おじいさんの心遣いがありがたく、何度も頭を下げた。ザックの中身を引き出し、服も乾かしていたら「宿泊予定の人は二人しかいないから、今晩は中で寝泊まりしていいよ」とまで言ってくださった。本当にありがたかった。
この天気の中、テントを取り出す気も張る気も全く起こらなかった。ありがたくそうさせていただくことにした。ひと段落してヒーターの前で温まっていると、普段は意識しない、建物や暖房のありがたみをひしひしと感じた。
朝一緒に歩いてた彼が遅れてやってきた。お互いの無事を確認し、ほっとした。その後、シャワーに入らせてもらった。新潟の街並みが遠くに見え、さらに遠くに日本海が見える、景色の素晴らしいシャワールームだった。暖かいお湯に感動した。体の芯から温まった。汗と雨でぐしゃぐしゃだった体が一気に回復したように感じた。その後、外の自販機でコーラを買った。一気に飲み干した。こんなにおいしいコーラがこの世にあるのか、と感動した。
管理人のおじいさんから暖かいコーヒーとお菓子を頂いた。さらに体が温まった。「コロナ禍で自分のやりたいことをあきらめてしまう人は多いけど、その中でやりたいことをやれているのはえらい」と言っていただいた。このご時世トレイルを歩くことに関して賛否両論あると思うが、自分がやりたいことを貫いている自分に対し、久々に感謝した。
部屋に案内していただいた。暖房付きの、見晴らしの良い和室だった。その後、早めの夕飯を食べ、苗場山から降りた後のバスの予約をした。台風が近づいているので苗場山に登った後すぐに町に戻ることにした。そのころには雨は上がり、街の夜景がきれいに見えた。雨で散々な歩きだったが、宿のおじいさんのご厚意により最高な思い出となった。
&Green公式ライター
大学時代に初めて一人で海外に旅に出たのを機に、息をするようにバックパッカースタイルの旅を繰り返す。大自然の中に身を置いているのが好きで、休日はいつも登山、ロングトレイル、釣りなどの地球遊び。おかげで肌は真っ黒焦げ。次なる旅を日々企み中。